MYITTAの工房

日々のくらしや手作り、ときどきミャンマー

カテゴリ: 仕事と子育て

ほぼ家で過ごすことになったコロナ禍の年末年始。
時間ができたついでに、キッチンの収納や道具を見直してみました。今回新たにキッチンに導入して感動したモノベスト3です。

その1は、なんといっても冷蔵庫!
これまでの冷蔵庫は娘が産まれる前に買ったスリムでシンプルなタイプで、はや13、4年モノだったのですが、、、。昨年、冷凍庫の奥の冷気吹き出し口に氷山ができているのを発見し、夏を越えられるか心配つつ様子見していました。
働く母としては、かねてより冷凍をもっと活用したかったため、フリーザーを別途買うかどうか迷って検討の結果、冷凍庫の大きい冷蔵庫に買い替えました。

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シャープのメガフリーザー。
これが大正解で、合計170リットルという冷凍室は見た目以上の驚異的な収納量!コストコや業務スーパー、大量に作り置きした食材など、どんどん入ります。
ほんとにありがたや。

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キッチン革命その2は、魚焼きグリルで使えるグリルプレート。魚焼きグリルは、魚を焼くばかりでなく、活用すればフライパンより絶対美味しくなることに気付いていたものの、洗うのが面倒臭くて、使いこなせていませんでした。

家時間が増えた今期、やっぱり美味しく簡単にグリル調理がしたいと思い立ち、IHの魚焼きグリルで使用可能なニトリのグリルプレートを導入。肉も魚も野菜も期待以上に美味しくて、そして調理も後片付けも簡単!一日に何回もグリルを使うようになりました。

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ニトリのサイトからの図ですが、サイズも絶妙だし、軽くて本当に使いやすいのです。もっと早く使っていれば良かった。


そして、その3はシンクまわり。広く使えるよう、思い切って生ゴミ三角コーナーを廃止し、シンクの内側の左1/4に渡して設置していた水切りカゴを、シンクの外に置く大容量のものに換えました。

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燕三条のステンレス製伸縮水切り。

シンクの奥行きよりも少し大きい奥行き57センチで、普段は幅はスリム、広げて大容量に変えることも可能です。縁は断面が四角い細いステンレスで、シンプルでムダのないデザイン。しかも、しっかりしていて造りが良い!!たかが水切り、されど毎日目にして使うもの。惚れ惚れする水回りとなりました!

こうして今年の巣ごもり年末年始は、キッチンまわりが無事アップデートました。



コロナ禍の大変な一年でしたが、我が家では約一名、うちのモフさんだけ、明らかに特をしました。
パパの在宅勤務が増えて、散歩に長く行けたり、かまってもらえる時間が増えたからです。

おかげで最近はワガママになり、撫でろとか、おやつとか、散歩中もこっちは行きたくないとか、あっちに行きたいとか、自己主張が激しくなりました。

話せないけれど、すごいコミュニケーション力。

夕飯後にパパが「ティッカニ タヤー(百回撫で撫で)」と名付けた時間があるので、おそらくこれが彼女が久々に覚えたミャンマー語でしょう。

今年で7歳ですが、我が家に来た頃はまだ4、5ヶ月くらい。

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まだあどけない子でした。保護団体から引き取ってすぐ、初めての我が家でスヤスヤと眠ったのが懐かしい!

それが今はすっかりいいおばさんに。

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でも、撫で撫でタイムには、この顔に。


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今年もはや12月。
コロナに始まりコロナに終わる未曾有の一年です。

ただ、新型コロナ問題を別にすれば、個人的に今年一番大きな出来事は久方ぶりに正社員になったことでした。

出産を機に常勤職をやめてから、かれこれ12 年。一旦主婦になり、ときどき非常勤やボランティアで働き、ミャンマー生活を経て、帰国後に契約職員などを再開し、40代半ば過ぎにして12年ぶりに常勤になりました。

子供が小さい頃は、良いママ友に恵まれて楽しく過ごしていて、またいつか、子供が小学生になったら何らかの形で働きたいと思ってはいましたが、漠然としたものでした。働くにしても、得意なデザイン関係か、日本語講師がらみで何かできれば、というくらいだったのです。

そんな呑気な感覚が変わったのは、やはりミャンマー生活以降でした。

当時アメリカの企業に勤めていた夫が、希望して異動したミャンマー転勤で、待遇面でも悪くない条件ではありました。

しかし、外国人の夫が外国企業へ海外転勤するのに伴うとなると、様々な日本の法律や社会保障制度から切り離されていきます。自分自身は任意で国保には加入しておきましたが、紐の切れた凧のような気分でした。

日々の暮らしでは、経済的にも生活面も全て夫に頼るしかありません。好きだった車の運転ができず、公共交通機関も使える状況にない中、移動も買い物も人に依存する毎日です。

日本語を教えたり、就職指導をするようになってからは、能力と気力さえあれば、一定程度の仕事や収入にありつけるという日本の当たり前の素晴らしさにも改めて気付かされました。有休休暇もあるし、何しろ急にクビにもなりません。失業した場合でも、失業保険だってあります。納めるものを納めれば、減るとはいえ、将来年金だって貰えるのです。

そして医療保険!デング熱にかかってしまった時は、輸血ができないミャンマーで、同じ時期にデング熱にかかった日本人がチャーター機でバンコクの病院に運ばれたと聞いて、心底心配になりました。私の場合は輸血が必要なほど重症化しなかったのは不幸中の幸いでしたが。

日本的な生き方や働き方を嫌ってミャンマーに住むことになった日本人にも時々出会いましたが、それはむしろ、私自身とのベクトルの違いを自覚させられる機会でもありました。

社会的にも、解決しようのない様々な問題を経験するにつれ、以前は好きになれなかった日本人の生真面目さや細かさ、日本の法律や制度がいかに優れたものであったかに思い至ったのです。

それはかつてイタリアに留学した時や、様々な途上国でのフィールドワークをしていた頃に感じていたものとは違うスケールの感覚で、やはり子育てしながら生活者目線で社会を見たからこその実感だったのだと思います。

日本も格差社会と言われるようになってきましたが、ミャンマーはじめ、様々な国と比較すれば、まだまだチャンスに恵まれた国。地球上では、どの国に生まれるかによって、歴然とした差があるのです。

日本に帰ることを決めた時、まずは日本人として日本社会の枠組みの中にコミットし、自立したいと思い、仕事を探しました。

既に40代に突入していたので、あまり好きではなかった英語も無理矢理売りにして探した結果、幸い先に仕事を決めてから帰国することができました。フルタイムではありませんでしたが、時々ニュースにも登場するような著名な方の秘書を2年ほど務め、その後また別のご縁があり、教育研究機関で契約職員となり、2年目。

内部登用試験を勧められ、今年から常勤となりました。年齢を考えるとありがたいことですが、海外経験や英語力が役に立ったので、ミャンマー生活もまあ活かされたといえます。

帰国後の私を見て、かつての主婦時代のママ友から、どうしてそんなに仕事するのと聞かれたことがあります。その時は、逆に聞かれたことに驚いてしまいましたが、確かに子育てしながら主婦をしていた頃は、フルタイムで働くことはハードルが高いという雰囲気があったのです。

しかし、人生100年時代がクローズアップされ、今ではかつての主婦友も、ほとんどフルタイムで仕事をしています。

今年は新型コロナで辛い社会状況でしたが、だからこそ、日本で仕事ができることはありがたいと思う一年でした。

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オンライン英会話で気の合う同世代の講師を見つけて以来、疲れて帰った日ほど英会話レッスンの予約を入れたくなるようになりました。

アイスブレイクがてら話し始めると、今日はこんなことがあった、こんなミスをしてしまったという仕事の話から、夫や子供の話まで、日々の出来事や感想をしゃべりまくり、気分が発散されるのです。もちろん進めるべき教材もあるのですが、脱線しておしゃべりになることも多く、英語をしゃべっているのか笑っているのかわからないくらい楽しくて、30分があっという間です。

夫も子供も、笑ってばかりいて、どんなレッスンをしているのかと興味深々。最初はまじめにレッスンしているのかと疑われていましたが、最近では呆れたり羨ましがられたりしています。

ときどきは別の講師のレッスンも受けながら、教え方や気が合うトレーナーを探し、3人ほどお気に入りのトレーナーができました。でもやはり、とてーも疲れている日は、一番話が合ういつもの方のレッスン。もちろん仕事上の英語のことを相談することもできます。

同僚でもなく、ママ友でもない、ある意味、趣味の友達のようでもあり、おしゃべりすることで気力をチャージ。ついでに英語を話す機会が増えて、一石二鳥。順番が逆のような気もするけれど・・・。


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数年前から「人生100年時代」というキーワードが世界で注目を集めています。

のほほんと生きていた私も、いろいろ考えさせられました。

そんな中、いくつになってもクリエイティブな発想で新しいことに挑戦する先輩方の生き方は勇気を与えてくれます。

私にとって、そんな方の一人、若宮正子さん。
退職後にパソコンを始め、ゲームアプリを作成し、アップルからも注目される80代の日本人女性です。

そんな若宮正子さんの『独学のすすめ』は、長い人生を楽しく生きるための知恵が詰まっていて、元々、独学好きな私は納得することばかりでした。





人生後半世代にオススメの一冊です。






忙しい日々の中、娘と行く犬の散歩の時間は、学校のことや友達のことを話す時間でもあります。

昨日は、音楽の時間に何やら音感のことで褒められたそうで、ずっとピアノを習っていて良かったと思ったとのこと。ピアノそのものは、もっと上手な子がたくさんいるので、いままで得意と思ったことはなかったようだし、やってて良かったという言葉は初めて聞いたような気がします。

音楽と語学の発音は、大人になってから上手になろうと努力をしても、伸ばすのは難しいというのが自分の経験です。

なので、娘がまだ小さい頃に、とりあえずピアノと英語を始め、嫌いではないようなので続けてきました。英語にしても、最近になってやっと本人も話せて良かったと思う瞬間が多いようです。

私は仕事をやめて専業主婦になった頃、どうせなら時間のかかることに挑戦しようと思った時期がありました。

お菓子作りや梅干し作りにもはまりましたが、独学で興味があった資格に挑戦したり、ガーデニングで実のなる木を植えたり。嫌いだった英語の学び直しも始め、10年経った今はそれらが仕事やリフレッシュに役だっています。そういえば家のローンも時間のかかる大物ですが。

その頃ママ友として出会い、子供抜きでも友達になった友人達にも恵まれました。今はそれぞれ仕事復帰していますが、お互いに時間を調整しながらランチやお茶をして、おしゃべりに花を咲かせています。

娘も来年からは中学生。もう子供時代の養分を糧に、自分で考える時期に入ってきています。

専業主婦時代に蒔いた種が、芽を出し始めたなと思う今日この頃。フルタイムの仕事を始めると、毎日の忙しさで、もはや日々の種まきに目配りをする余裕がないのが現実です。

人生後半のためにも、主婦時代があったことは本当に良かったと思うのです。

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秋に咲くバラ。

バラも様々な種類と出会い、今も庭にあるのは育てやすい四季咲きの品種ばかりです。




娘の習い事も歳とともに変化してきましたが、5歳のときからピアノは続けています。

と言ってもあまり練習するわけでもなく、なんとか課題を練習し、たまに好きなように弾いて楽しんでいる程度。

引越しもあったし、自分の経験からも続けるかどうかわからないので、今までずっとピアノは何台かレンタルで様子見のままでした。

6年生になるのを機に話し合ったところ、本人はピアノをずっと続けたいとのこと。コロナ禍のなかで、私もこれから老化防止に弾いてみると良いかもしれないなどと思い立ち、契約更新を機にようやく購入を決断。新型コロナ自粛が少し落ち着いた頃に、ピアノを見に行きました。

何台か弾かせてもらい、最近借りていた新品のピアノがなかなか音程が落ち着かなかったことと、アンティークなデザインに惹かれて、中古のカワイをお迎えすることにしました。1970年代のものですが、70〜80年代の国産ピアノは、その後と比べて良い材料を使えていた時代なのだとか。

思い出してみると、私が子供の頃にピアノを買ってもらったのが、まさにその頃でした。結局辞めたり引越したりで手放してしまったのですが。もちろんモノは違いますが、その時代のピアノを今また買うことになるなんて、不思議なものです。

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音楽は世界共通で、私もこれまで関心があるだけで、そこから思わぬご縁が広がったり、楽しい経験に恵まれてきました。娘も、入り口としてピアノを楽しんで続けられたらいいなと見守っています。



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ゆっくりとお風呂に浸かっていたら、
「ママのダイアリー読んだらbeautiful !」と
先にお風呂からあがっていた娘が目を輝かせて駆けつけてきて、
ダイニングテーブルの上に日記帳を置きっぱなしだったことを思い出しました。

実は英語の勉強に日記をつけるのが効果的だと聞いて、100均でハードカバーの日記帳を買ってきたのですが、数日前に少し書いてみただけで忘れていたのでした。

娘はすぐに私の真似をしたがるので、早速自分も日記を書くと言っていますが、私は自分が何を書いたのか全く思い出せず。
数日前に自分が書いたことを思い出せないという事実にしばし愕然。

後で確認したら、昔イタリアでいろいろな経験ができてよかった、みたいなことだったのですが、何が娘にとってbeautifulだったのかは、よくわかりません。

でもまあ、英語で日記を書くのは娘にも良いだろうと思い、それぞれ書くことにしました。
子どもに読書させたければ、親が読書すれば良いというのと同じですね。
書いたことを思い出せないくらい錆び付いた私の頭の脳トレにも良さそうです。

しかし問題は続くかどうか、です。
一人だと自信ありませんが、beautiful!という言葉に励まされて、続けるぞーと思った夜でした。



 

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もう数ヶ月前ですが、友人に誘われて、バイオリン工作教室に娘と友人親子と参加してきました。

あらかじめ、サイズを伝えておくのですが、うちは娘が1/4を持っているので、次の1/2サイズで申し込み。

教室には10組くらいの親子や夫婦などが参加していました

すでに板材をはりあわせて成形された白木のバイオリンに、ペグや顎あて、弦などを組み立てていくのです。

最初に講義や音大生の方による弾き比べなどもあって、一通りバイオリンの仕組みがわかる、とても楽しい時間でした。

驚いたのは、キットのバイオリンでもなかなかいい音が出るということ!ただ、そのためには、教室を主宰した講師の先生が事前に全てのセットのパーツを一旦組み立てて削ったり調整を行うなど、かなりの準備がなされているからだと拝察されます。

そして、バイオリンの中に自分の名前を書いたラベルを貼れるというのも、なかなかの感動体験です。

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ニス塗りは乾かしながら十回以上繰り返すので、後で自宅にて各自行います。スカイプで教えてくれるというので、最初に友人と集まってスカイプによるニス塗り指導をしていただきました。

写真は初回、ゴールドイエローを塗ったところ。これを3-5回塗ります。

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その後、レッドブラウンを塗り重ねてゆきます。

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今日はレッドブラウンの8回目、通算12回のニス塗りを終え、色合いも気に入ったので、この辺でニス塗りは卒業することにしました。

さらに一週間以上乾かしてから、トリポリ粉で研いだり、オイルで磨いて仕上げてゆきます。

また組み立てて弦をつけて、鳴らしてみるのが楽しみすぎです。
乞うご期待!


✳︎参加したのはこちらです↓

キットバイオリン教室
http://www.trymaking.com/

夕方買い物に行ったスーパーで、激しく泣き叫ぶ幼児を複数目撃。シャボン玉かなんかのオモチャを手に激しく泣き続けてママにアピールする子を見ると、お母さんの毎日の大変さに胸が痛くなりました。

と同時に、うちはいつの間にかその年代を卒業していたな・・・と、ふっと思いました。

娘はあまりスーパーで泣き叫んだことはなかったけれど、買い物カゴに入れた会計前のヨーグルトをカートの幼児席で勝手に開けて食べていたり、ウロウロしているうちに迷子になりかけたり・・・レジ待ちの列でおもらしということも・・・まあ、5歳くらいまではやっぱり買い物に連れて行くのって大変でした。

でも小学校に入る頃からやはり違ってくるのでしょうか。

我が家はインターで学年もずれたりして、小学校の入学式を経験できなかったり、ミャンマーに行ったりして忙しかったからか、いつの間にか気付いたら8歳、すっかり頼もしいくらいに成長してました。

育児で疲れているママ達には、もう少しだよ!と言ってあげたい。

そして、主婦だったママ達が次第に働き始めたり、ボランティアに参加したり、次の活動をスタートさせるのもこの頃。

傍目にはあまり目立たないけれど、育児の一段落は、お母さん達の人生にとっては、けっこう大事なステップなんではないかと感じます。よくかんがえると、人生折り返し地点だったりもします。

大人な時間がもてるようになったらやりたいと思っていた沢山のことも、そろそろ始めてみようかな・・・

地味ながらも、今はひとつの節目の時期なのかな、と感じた夕方でした。






7歳の娘が通うヤンゴンの英系インターは、生徒の増加でクラスも増え、クラスメイトも半分くらい新しいメンバーで8月からの新学年がスタートしました。この勢いは、ミャンマーに流入する外国企業の勢いをそのまま反映していて、子供たちは本当に多国籍。

それにしても、生徒が増えているわりに、お迎えのときに見かけるママ達が減っている・・・?と思たら、仕事を始めたママ達が多いよう。学校の送迎バス組が増えているのです。

お勤め、NPOやボランティアのほか、医師、そしておシャレなベトナムレストランやケーキ屋を起業したママなど、実にバラエティーに富んでいます。外国人にとって決して仕事がしやすい環境ではない中、外国人ママ達のこの勢いもヤンゴンの急成長の波を反映しているかのよう。ある意味、チャレンジ精神があるからこそ、ミャンマーに来てみようと思った人たちなのかもしれません。

そして、ママ達の英語力もハイレベルです。学校内は当然ながら全て英語なので、雑談や事務連絡は日本語もOKだった日本のインターとは違ってなかなか気が抜けません。

7歳でもときどき難しい宿題があり、私が英文の意図するところが理解できない場合も出てきました。小学校の後半になると、英語ネイティヴでない親が宿題をみてあげるのは難しいと聞いたことを思い出しました。

多国籍な中には東南アジア勢も多いのですが、親たち自身も英語で学ぶ学校出身で、日常的に英語環境で育ったり、バイリンガルが多いのです。彼らの話をきいていると、一世代以上前から英語教育の選択肢が日本よりも大きかったためではないかと感じます。

例えば多民族が当たり前に暮らすマレーシアでは、中国語で学ぶ学校、マレー語で学ぶ学校、英語で学ぶ学校があるのだそう。

こういった多様性の中で育てば、ことさらグローバルだの目標にしなくても、自然と多様な価値観の中で生き抜く力が身につくなあ、と親の方も学んでおります。












ネットで見つけたニュース、『意外や意外 「女性社長比率」で青森県が全国トップのナゼ』の内容が、なんだかミャンマーにあてはまる!と思ってしまいました。

日本で女性社長が多いのが、1位青森、2位沖縄と、意外にも日本の南北端に位置する地域だとわかったのだそうですが、帝国データバンクの方による、その理由の分析がなるほど…

青森は男性の平均寿命が国内で最も短く、社長が亡くなると奥さんが会社を継ぐケースが多いのだそう。

一方の沖縄は、温かくてのんびりしているので、男性が仕事を辞めてしまいやすく、その分女性が支えるべくしっかりしているとのこと。

これは、、、まさにミャンマーと同じでは!

ミャンマーも女性の社会進出がなかなか進んでいますが、それは女性のほうがしっかりしていたり、家族経営が多いからという面があります。家庭内に人出が多くて、家事雑用を手伝ってもらいやすいという環境も大きいと思いますが。

これは逆に、社長になりたい都会の女性が注目すべき選択肢かもしれません。



意外や意外 「女性社長比率」で青森県が全国トップのナゼ
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20151023-00000020-nkgendai-life





せっかくミャンマーに来たのだから、ミャンマーハープ、サウンを習いたいと漠然と思っていたのですが…。大昔に経験したバイオリン、せっかくヤンゴンに持参してるので、たまーに練習したりして気を紛らしていました。まあ、気晴らしにはなるのですが、一人で弾いてても上達しないし、中途半端
よなーと思いながら。

そうこうするうちに、娘が8月から学校の器楽の授業でバイオリンを選択できるらしいことが判明。バイオリンなら、まあ次どこに転勤になっても続けやすいし、日本で習うよりだいぶお得なレッスン料で済むので、これを機に娘がピアノを習っている音楽教室で、母娘でバイオリンも習ってみることにしました。

6歳の娘はまだ1/4サイズの分数バイオリンなので、来月日本で購入するつもりだったのですが、運良くお借りできることになり、少し早めに練習が始められることになりました。

今日は初めてのレッスン日。長い髪のミャンマー人の女性の先生が、英語で指導してくれました。一回おきに、私と娘が交代でみてもらうことになり、まず今日は私の番だったのですが、娘もやりたがるので、結局ほとんど二人平行しながらとなってしまいました。

全くのビギナー初日の娘は、弓の持ち方から習い、しばらく弓を持って腕を動かす練習。私はというと、レベルチェックということで、いきなり難しめの曲からスタート。ひいた記憶はある曲でしたが、なんだか久々のレッスンに緊張して、固まり気味でした。しかも、音階はドレミファではなく、CDEF・・。すぐに変換できずに指示の理解がワンテンポ遅れる始末。

必死なレッスンが終わる頃には、今度は娘が楽器を構え、ボーイングを始めて先生に教えてのアピール。先生はやり直しの私とビギナーの娘を上手に交互にみてくださったのでした。

次回は娘の番に徹するとして、今後、私の時にも娘に同席させるのはどうなのかと悩まないではありませんが、程よい緊張感のある時間を親子で共有するのは、思っていた以上に充実して楽しいものでした。

娘はよほどバイオリンを始めるのが嬉しいらしく、その後一日中、弓の持ち方のエア練習をしたり、箸や綿棒を使うときまで弓の持ち方をしてみたり。


何かと思い通りにいかずにイライラしがちなヤンゴン生活ですが、娘とバイオリン練習が一味違った毎日にしてくれそうな予感。練習しなさいと親がいうばかりではなく、一緒に楽しんだり競争したりできる環境にしたいと思っているのです。

ちゃんと続けなくちゃね・・・

ヤンゴンの英系インターでYear2に通う娘の宿題を見て驚きました。

授業でポエムをやっているというのはきいていましたが、ポエムはポエムでも、俳句をやっているらしいのです。しかも英語で。

宿題の文面には、まず単語の発音の単位であるシラブルについて解説があり、俳句が5-7-5のシラブルで構成されること、季節などがテーマであることなど、恐らく宿題を手伝う親向けの簡単な説明がありました。

子供達は、その内容を授業で習ったのだそうです。

シラブルって、私は言語学出身なので、わりと親しみありますが、日本では6歳の一年生が習いませんよね。俳句も。私は中学の2年間を正岡子規出身の愛媛県松山市で過ごしたので、学校で俳句を盛んに作らされた記憶がありますが、東京の小学校では作った記憶にありません。

娘の宿題は、まずは日本語で思いつく俳句を作らせてみましたが、何とか5-7-5におさまりましたので、確かに学校でシラブルの原則を習った様子。雨だと外で遊べないから寂しい、という内容です。

日本語にアルファベットで読み方のルビを書かせ、次にその英語版を5-7-5シラブルで作文。英語の単語がそれぞれ何シラブルになるのかは、私は苦手なのです。例えばlonelinessはloneli-nessで2シラブルか、それともlone-li-nessで3?

多ければ「字余り」とすれば良いかなどと都合良く解釈して、きちんと調べませんでしたが、なかなか難しい宿題で驚いたのでした。

昨日、その件について先生と少しお話しました。イギリスでは俳句はシラブルの説明に都合がいいので、ポエムの授業で好んで取り上げられるのだそうです。日本語と英語で同じ内容の俳句にしたことを喜んでらっしゃいましたが、英単語のシラブル数のことについては大雑把でよい様子。

英語学習という点からは、シラブルの概念について早くから意識的に教えるのか、という点も興味深いところ。もっとも、日本語は基本的に一文字がい1シラブルの言語だから、わざわざ意識しなくても使いこなせるのですが。

なんだか、言語学的に感慨深い娘の宿題でした。

それにしても、娘が習っている英語のポエムは難しいのです。同じ音で終わる単語を活用したライミングや、早口言葉、ときに笑いのポイントなど、私の理解はすでに落ちこぼれております。

ネイティヴの英語(つまり国語)の授業はこういうものかと、日々勉強です。

これから1年生になる娘の学校選びは、いろいろと悩んだ末、この8月から新規開校したイギリス系のインターナショナルスクールに決まりました。ミャンマーの新学期はもう8月から始まっていますが、娘は11月からの予定です。

当初希望していたアメリカ系のインターナショナルスクールは、ウェイティングリストが一杯だそうで、
申し込み手続きだけでも大変なうえに、個別にコンタクトをとろうとしても全く話が進まずでした。

新しくできたイギリスのインターも、まずはWeb申し込みをして必要書類の提出等を進めていきますが、
必要に応じてメールや電話でのやりとりをしながら柔軟かつ迅速、丁寧に対応してくれる印象でした。

たとえば、学力はSATの結果が必要ですが、現在娘が通っているインターではSATを実施していないので、
現在の担任と先方の先生がメールでやりとりして娘の学力を確認したようです。
このへんは、日本でもインターナショナルスクールだったからこそ可能だったと思います。

その学校の良いところは、新しいだけあって設備が良いこと、既に世界各地に姉妹校があるのでプログラムがしかっりしていること(高校部門ではIBディプロマも受けられる)、そして何より嬉しいのが、給食があること!

メニューを見ると、各国料理でインターナショナルです(味付けがイギリス風薄味なのか心配ですが)。

時間割を見ると、Phonicsや英語はもちろん、数学の時間が多い印象。
音楽やパソコン、デザインの時間もあり、楽しそうで主人も通いたがっています。

ただ、実際に学校を見てきた主人によると、全てが整然として人工的、校庭も人工芝なので、
せっかくミャンマーなのに自然な感じがしないのが残念とのことです。

それでも、とにかく学校が決まりほっとしました。





最初にミャンマー転勤の打診があってからはや3ヶ月。その間に、転勤が延期になるかもしれないとか何とか、何度も話が行ったり来たりしていたのですが、やっと決まったようです。
時期がいつからになるにせよ、子供の学校選びと予防接種は進めていました。

ミャンマー行きに際して、子供の予防接種情報はじつはあまりありません。ミャンマー大使館に電話しても、都市部ならなにも特に必要ありません、と言われます。在ミャンマー日本大使館の情報でも、特定した情報は発信していないのですよね。そういった場合は近隣の国の基準を参考にするらしいのですが、お隣のタイも似たような状況でした。まあ、確かに都市部ならさほど心配ないのかもしれませんが、国内旅行にも行きたいし、やはり心配です。

娘が1歳代で初めてミャンマーに行く前にも、かかりつけのお医者さんとその状況を相談し、とりあえず水や蚊が媒介する病気の予防接種をいくつか受けていたのでした。

今回は、現地のアメリカ系インターナショナルスクールの入学要件に書かれた予防接種証明書の一覧を見つけたので、未摂取のものを受けることにしました。

その一覧は次のとおりです。

A型肝炎、B型肝炎、DPT(ジフテリア、百日咳、破傷風)、BCG、ポリオ、麻疹、風疹、流行性耳下腺炎(おたふく風邪)、狂犬病、日本脳炎

このうち、日本の6歳の子供が標準的に接種けていないのは(つまり自費になるのは)、A型肝炎、B型肝炎、麻疹、風疹、おたふく、狂犬病でしょうか。


私は以前途上国に行く仕事をしていたので、上記の他に腸チフスも受けてありますが、狂犬病の3回目が未接種だったので、子供と一緒に私も久しぶりに受けてきました。狂犬病の予防接種、なかなか痛いですね。娘が泣かなかったので偉なあと思ってしまいました。娘は元々大の注射嫌いで赤ちゃんより泣いていましたが、現在お世話になっている病院の先生は注射が大変上手らしく、「ぜんぜん痛くないから大好きになった!」と言っています。助かります。

それにしても、予防接種情報がはっきりしないのは困りものです。何度も打たなければならないので、限られた時間で効率良く接種するのはなかなか大変ですし。

今日本ではデング熱が問題になっていますが、人もモノも世界を移動する現代は、医療情報ももっとグローバルかつスピーディーに考えなければいけないと思います。デング熱もそうですが、「日本にはない」と思われている病気は、医療機関を受信しても医師が気付かないことも多いと思いますから、自分でも調べるなどして気をつけたいものです。

来月で6歳になる娘の質問が、最近難しいのです。

「人間は何のために生まれるの?」

「どうして私は私なの?」

うーん。子供だから素直に不思議なんだろうけど、
それは大人にも難しい質問です。

そういえば私も小学校3年生頃、小学校からの帰り道に
一人で歩きながら同じようなことを自問したのを覚えています。

子供って、けっこう考えているものなのですよね。
でも、それにしてもちょっと早いかなとびっくり。

どう答えたらいいのでしょうね。
きっと子供がわかりやすい答えがあれば、大人ももっと生きやすいでしょうね。

子供も5歳になると、物事をよく理解しはじめ、なぜ?どうして?なんのため?といいった論理的な思考が発達し始めます。親の言動もしっかり観察されていますから、おちおちしていられなくなってきたなあ、と思う今日この頃。

あのJ.F.ケネディ大統領の母は、9人の育児に関する回想記『わが子ケネディ』(ローズ.F.ケネディ著、大前正臣訳、徳間書店)のなかで、家庭での幼児教育の重要性について『「小さいうちに曲げると、大きな気になってからも曲がっている」という』とたとえています。 

そして次のように書いています。

 「私は育児を愛情と義務の作業だけでなく、知的職業としても見た。それは世界のどの名誉ある知的職業にも劣らないほど興味ぶかく、挑戦的で、私に最高の力を要求数ものだった。」

 「九人の子供をかかえていては、必要事はとほうもなく多く、単に個人的努力だけでなく、たいへんなプランニングと組織化と監督が要求された。私は育児によって管理職になることを学んだ。」

 子育てに対する責任感とプロ意識が伺えます。そういえば、ミシェル・オバマ大統領夫人も自らを「Mom in Chief」と読んでいわば家庭の最高司令官としての役割を強調していました。

続いてローズ.F.ケネディさんが優れた子供を育てるためにコミュニケーション能力の育成に力を注いだことがよくわかる一節をいくつか。

 「子供が他人から笑われることを心配せず、互いに自分たちの考えを尊重する雰囲気のなかで、自分の考えを持ち、発表するよに仕向けてやると、頭が鋭くなるばかりでなく、自身もつく。そしてコミュニケーションの能力も発達する。私の『切抜き帳』には、「世界の運命は、よいにせよ悪いにせよ、自分の考えを伝え得る人びとによって形成される」と書いた言葉がある。」

 「私は子供たちに、人間が動物とちがうのは言葉をしゃべることだと教えた。それは神が人間に与えた贈物の一つであり、あなたたちへの贈物だから、上手に使いなさいともいった。」

 「子供達を優れた人間に成長させるとしたら、小さいときから始めねばならない。子供はたとえばティーン・エージャーになってから突然、すばらしい会話者とか話し手に開花することはない。頭の回転の速さ、感情のバランス、知識の幅を獲得することもできない。それは遅くとも四歳か五、六歳のときに始めた準備と努力がなければ、十四歳か十五、六歳になって、たまたま出てくるものではないのである。」

ケネディ家はお父さんの家族愛も素晴らしかったそうで、その教育方針も納得させられます。
 「いいかね。笑顔と十セントでは市電にしか乗れない。人生のとこかへゆき着くにはもっと多くのものが必要だよ」というのが口癖だったということ。いつも子供たちに最高なる努力を要求し、「ベストを尽くしたのなら、それでいいじゃないか」といったそうです。そして、

 「泣き言をいいってはいけない、自分の不運を騒ぎ立てて他人に負担をかけてはいけない」、「だれにとっても人生は多くの打撃と傷に満ちているので、人間は小さいときからその考えになれていたほうがよい」と考えていたのだそう。

結局、夫婦の考えは『優秀さはかなりの程度、習慣の問題である』とのこと。優秀さの中に、コミュニケーション力やリーダーシップが重視されていることはアメリカ的というか、日本人が国際社会で戦うために足りないところだと感じます。

リーダーの家庭では、リーダーになるべく習慣づけているのですね。だからこそ昔は、それなりの家柄の姉弟でなければチャンスもなかったのだと思います。そういえば、以前、私の同僚の中で一番優秀な人が、子供の頃親から帝王学について学ばされたと聞いてとても驚いたことをよく覚えています。帝王学というものが今で言うリーダー教育なのだと知ったのはそれからでした。

誰にでも情報や手段が手軽に選べるようになった現代は、どの家庭でもよい習慣を実践するチャンスがあります。ということは、それだけ親の責任というものが昔以上に重要になってきているのかもしれません。





先日、とあるインターナショナルスクールを見学する機会に恵まれました。PreKから10年生まであるその学校では、先生方はほぼネイティブの英語話者ですが、生徒の日本語もOKなのだそう。そのため、この学校の子供達はどうしても日本語が多くなるという噂を聞いていたのです。この点について校長先生が次のように説明されました。

「私たちは日本語はダメ、何語はダメ、ということは言いません。言葉を制限することは、その子のアイデンティティを制限することです。それはデモクラシーではありません。」

なるほど・・・、と思うと同時に、正直少し戸惑いもありました。言語に対する学校の方針とデモクラシーを結びつけることに驚きがあったのです。

民主主義をめぐる戦いの続くミャンマー人と関わる私にとって、デモクラシーという言葉のひびきはとても重いのです。

現在娘が通うインターでは、よく校内では日本語禁止!と言われていて、英語力の向上のためにはそのほうが望ましいと考える親が多いようです。それはデモクラシーに反することだったのでしょうか。

確かにミャンマーはじめ、他民族国家では、衝突が続く周辺民族との対立要因の一つに、学校での公用語の問題があります。もちろんそれは主に公立学校の問題ですが、広い意味で言語の問題は、確かに民主主義とも関わる奥深い課題です。

子どもにとって学校は長い時間を過ごす場所であり、社会を学ぶ場であることを考えると、母国語を禁止するということのインパクトは、大人が思う以上に大きいのかもしれません。

一方で、校内は英語のみと厳しく規則付けないと、日本語を使ってしまい、英語がなかなか身につかず、授業についていけなくなります。日本語話者が増えれば、日本語話者以外が疎外感を感じるという問題もあります。ある種、特殊な環境であるインターナショナルスクールでは、校内は英語のみとするのは妥当ではないかと思うのです。

結局は学校の方針次第であり、どのような方針の学校を選ぶのかは、それぞれの家庭次第です。ですが、なかなか考えさせられた一言でした。

前から可能性があることはわかっていた主人のミャンマー転勤ですが、とうとう会社から打診が来たそうです。半分ミャンマー人の娘にとって、アイデンティティの形成のためにミャンマーで過ごす時期をもてるのは大切なことですし、将来ミャンマーに学校を作りたいという主人の夢もあります。世界どこに転勤しても大丈夫なように、娘はインターナショナルスクールで英語に慣らし、私も日本語教師の資格も取って準備をしていたのです。10月からヤンゴンというと、4ヶ月くらい準備期間があるのはありがたいことでしょう。

でもいざ現実となると、なかなか心が落ち着かないものです。やっと今のつくばでの暮らしにも根が生えてきたところですし、私自身、昨年来の体調不良がやっと改善してきたところで、まだ元気いっぱいというわけではありません。
若いころはいろいろな国に行き、途上国に行くことも経験として前向きに取り組めたものですが、不惑の40ともなると、だんだんと気持ちは保守的になってゆくもの。しかも、主人の会社は日本企業ではないし、子供連れでインフラが不安定な国で生活そのものをするとなると、なぜかとても気楽ではおれません。せめてあと5歳若かったら、もう少し違っていたか・・・なんていっても仕方がありませんが。

そこで、準備の記録がてら、自分の気持ちを励ますためにも、これからの悲喜交々をここに書いていきたいと思います。

各種手続きや住まいのこと、娘の教育などやることはたくさんありますが、より一番気がかりは娘の学校です。現地の公立学校か、日本人学校か、インターナショナルスクールが選択肢になりますが、今までなんとなく調べていたヤンゴンで人気のインターナショナルスクール、改めてよく調べてみると、なかなかの伝統校のようです。1952年創立のミャンマー老舗の米国系インターで、インターナショナル・バカロレアをはじめ各種欧米の学校資格を取得。大学入学資格まであるIBディプロマまであるので、12年生を卒業後は、イェール、MITなどなど・・・主に米国の有名大学に進学する生徒も一定数はいるのだとか。

現状では娘の年齢にあたる1年生は一杯でウェイティングリストに登録しなければなりません。たとえウェイティングに載せても、いざ空きが出来た場合には学校側の判断でふさわしい子供が選抜されるということで、待っていれば順番がまわってくるわけではありません。とりあえず、その登録だけでもしようということになりましたが・・・。これがなかなか大変なのです。推薦書や過去の成績表、健康診断、予防接種の記録といった一般的な書類(もちろんすべて英語版)に加え、国際的な能力試験の証明書など、すぐに誰でも準備できるわけではないものまで準備したうえで、登録のためのIDを取得し、すべてオンラインで手続きしていきます。オンライン上でも、親の収入や学歴、語学力の証明など含めた長ーいフォームに記入しなければなりません。主人は私よりはこの手の英語の手続きに慣れていますが、とりあえず登録、という気軽なことはできず、目下必要な書類の準備に勤しむことになりました。

いまの家は貸し出すべきか、犬は連れて行けるか。。。なんだかこれから大変そう・・・と気落ちしているとき、ちょううどBSでブラジル移民のドキュメンタリーを見ました。かつての至難を極めた開拓時代と紆余曲折を経て、今は自分たちの反省と感謝をこめてアマゾンの緑化のためにアグロフォレストリーという農業の普及に貢献している年配の方々。スケールの大きな話を聞いて、私も頑張らねばと思うのでした。



娘は本が大好きなので、寝る前に本を読んでとせがまれます。
本で釣ると、着替えも歯磨きもさっさと済ませます。
でもだいたい1冊ではおわらないし、同じ本を何回も読んでと言われたり、ベッドの部屋に絵本がたまったり・・・

面倒になった私は昨年から1冊に365のお話入った分厚い本を寝る前用に決めました。
この手の本、最近増えていて、本屋さんでも数ある中から選ぶのは大変でした。たいがい世界と日本の有名なお話は網羅されています。

そこで「マッチ売りの少女」のページを読み比べてみました。ポイントは、やはり読みやすいことと聞きやすいこと、そして感情移入できる描き方をしていることでした。同じお話でも、出版社によりこんなにも違うものかと改めて驚かされました。

結局私がえらんだのは「考える力を育てるお話 366 」(PHP研究所)という本です。一話1ページ、だいたい5分で読み終わります。世界と日本の童話に加え、自然科学や豆知識のようなお話も入っていて、実は娘は人体のしくみや、雲の出来方などの話のページが大好きです。

今のところ日付順ではなく、娘が絵を見て「今日はここ読んで!」と選んだページを読んであげています。
このスタイルでの寝る前読書がとても気に入ったので、今度は英語版を探していました。

とはいえ、近所の本屋で英語版のこの手の本は置いてなく、中身を確認できずにネットで買うことはできないので、しばらく探すことになりました。結局、東京の丸善本店の洋書コーナーで複数を比較することができ、選んだのは「Richard Scarry's Best Storybook Ever! 」(Golden Books )という本です。

book

複数ページずつの様々なお話や、テーマごとに絵とものの名前を書いたpicture bookのようなページなど、82項目の内容があります。Richard Scarryの絵本は人気だそうで、そのシリーズの話が82も入っているというのはとってもお買い得なのではないでしょうか。絵が本当にかわいくてすてきで、娘も大のお気に入り。私が読んであげるのに難しすぎない英語という点でとても重宝しています。

というわけで、今は寝る前に、日本語の上記の本1ページと、英語の上記の本数ページを読んでいて、
ちょうどいい満足感で寝てくれています。

つくば市の小さなインターナショナルスクールに通う5歳の娘は、先週キンダーを修了し、来週からは1st graderに上がります。年齢的には日本でいうところの年長さんです。昨年のPreKから通った2年間の感想について書きたいと思います。

まずこのインターを選んだ理由ですが、我が家の場合、将来ミャンマーか他の国に転勤の可能性が高いので、英語に慣れることが一番の目的でした。つくば市内にはいくつかの私立のキンダーがありますが、他校では日本人の先生もいるので、子供はどうしても日本語をたよって生活してしまいます。自分の経験からしても、語学はその言語を使わなければならない環境に放り投げられることが大切ですし、小さいうちほどその効果は大きいです。校内は英語のみという方針を徹底していることと、そのために外国人生徒の割合が高いことが娘の学校の特徴でした。校長先生の自宅を増改築したとてもプライベートで手作り感いっぱいな学校ですので、運営や事務の面は目をつぶることも多々あることは否めませんし、担任の先生次第な面も大きいですが、私は本当に良かったと思えることばかり印象に残ります。

なんと言っても、娘にとって英語が自然な選択肢となったこと。相手が英語で話せば、英語で返すことが自然になりました。この1年の担任の先生は明るく楽しいアメリカ人の女性の方でしたが、子供の心をつかむのが上手で、アイディアいっぱい、子供達の成長は目を見張るものでした。16人のクラスメートのうち、ほとんどが外国人なので、娘が好きな子とは英語じゃないと遊べないという状況です。もちろん、英語が苦手な子もいて、そういう子達で固まっていたりもしますし、外国人でも日本語が堪能な子も多いので、選択肢はあります(校内では日本語を使わないように言われますが)。

そして毎月クラスメートそれぞれの国にターゲットを置いた学習があり、子供達が世界の様々な人や価値観に触れることができました。親も参加して国の文化を紹介したり、食べ物をみんなで作ったりする機会もあるので、親同士の交流にもなります。各家庭さまざまな国や文化的背景、考え方があり、子供の教育には皆さん力が入るので、学校でのイベントは、身近に、そして現実的に多様性を学ぶ良い経験にもなるのです。

実は、自分から積極的に関われば、何より親自身の日常英会話力の向上も図れます。私自身、仕事で少しは使えるようになった英語でしたが、毎日の担任の先生との会話のおかげで、英語が自然に出てくるようになりました。しかしこれも子供と同様に、自分次第です。様々な国の人が集まれば、考え方も様々です。良くも悪くも裏表なく意見をいう人が多いので、そこに関わり、理解しあうためには積極性が欠かせません。そしてこのことは、国際的な仕事をする際のコミュニケーション力の根幹にほかなりません(自分の反省をこめて・・・)。それを小さいうちから身をもって学ぶことが、英語を学ぶ事以上に大切なことであり、このような学校に通う一番のメリットではないかと思うのです。

娘はもともと人とコミュニケーションを図ることが大好きな性格なので、英語に拘わらず何でも楽しんで吸収しているようです。そして、親同士もオープンでざっくばらんな人が多いので、毎週誰かの家に親子で集まります。我が家としては、子供の環境としては考えていた以上に充実した2年間だったといえます。来週からまた新しい1年。しばらくはこのまま娘の成長を見守りたいと思います。

おしゃべり大好きな5歳の娘は最近ちょっとおもしろいことを言います。

今日は春の嵐で、夕方から大雨、強風に加えて雷まで鳴っていました。
雷さまにおへそをとられちゃうという話を思い出した娘は
必死でおへそを隠しながら、私にも「ママ、おへそ隠さないととられちゃうよ!」
と促してくれます。「ママも隠してるよ」と微笑ましい会話をしていると、
急に娘が真顔でいうのです。

「で、カミナリがおへそをとるのは何のため?」

「何のため・・・?」
思わず悩んでしまいました。

子供はよくなんで?なんで?というと思われています。

なんで?と聞いてくれたら「カミナリさまはおへそが好きだから!」
とかなんとか答えたかもしれません。
でも「それは何のため?」の答えにはちょっと・・・・。
娘は時々変化球を投げてきます。
もしかしたら、思考言語が日本的じゃないのかもしれません。

「カミナリはおへそを食べると元気になるから」と答えてみましたが・・・。

後で母にその話をすると
『「何のため?」は難題だね』とのこと。

ほんと、子供って面白いです。

とあるニュース記事から「ハーバードを出たのに主婦をしている女性」のブログ=harvardhomemaker.comに出会いました。

「Living & Loving the Domestic Life」というサブタイトルのとおり、心理学の専門を活かした(?)日々を楽しくする育児や生活の工夫がたくさん書かれていて、とても面白いのです。

書いているのはアクティブで様々な才能に恵まれた女性ですが、4人の子育ては、本当に大変なことでしょう。でも実用的なことばかりでなく、いかに子供をポジティブに導き、大切なことを忘れずに家族の暮らしを楽しむかが書かれています。

しかも、日本でよく見かけるハウスキーピング術とちがって、ある意味アバウトでポイントを押さえればOK!な姿勢に癒されます。片付けも、できない家族に不満がでるような方法ではなく、親子楽しく一緒に生活術ばかりか人間力までもが身につけられるような視点が多いのです。体裁の整った生活するためではなくて、大切なことに時間をかけるために無駄な手間暇は省きましょうということなのだと思います。

ハーバードを出ているのに「専業主婦」であることに対する異論の声に対しては、自分と家族にとって正しいと感じる道を選ぶことの重要性や、人生のステージに合わせて働き方や生き方を柔軟に考える自分を評価する姿勢に共感します。

私自身も、いったんは博士号を活かした仕事につきながら専業主婦になったことに対し、本当にそれで良いのかという思いが全くないわけではありませんが、主婦になった理由は彼女と同じものでした。でも人からその部分を突かれると、どうも申し訳ない気持ちになるのです。退職の際には周囲からは私の価値観が理解してもらえなかったり、昔の上司の方から再びお誘いをいただいた時は、辞退したあともしばらく夢に出てきましたし。。。。

このブログでは、彼女の歴史をすべてをポジティブに活かして考え、主婦業やママ業をも専門化するくらいの勢いに、とてもエネルギーをもらいます。知恵というものはどんな分野であっても活かすことができるのですよね。子供達にとっては、こんなママがいる家庭は最高でしょう。

英語のサイトですが、写真やグラフィックもアクティブで工夫されているので、タイトルと写真を見るだけでも楽しめます。もちろん、生き生きとした文は追いかけるのも楽しく、英語の勉強にも役立ちます!

幼児の言語習得過程ということを考えていて、日本語初級の難関のひとつに動詞の活用について思い出したことがあります。子供はいとも簡単に動詞の活用を使いこなせるようになってしまうのに、なぜ外国語としての日本語ではこんなに難しいのか。汽ループとか競哀襦璽廚箸、暗記する必要があるのって大変すぎます。そういえば、通常外国人に教える日本語では、動詞は「ます形」から教え始まりますが、子供は「て形」から覚えているようです。母親は頻繁に「ほら、見て」とか、「食べて」と子供に語りかけますよね。子供が発話するようになっても「これ、とって」とか「ママもやって」などなど・・・。これは、子供にとって言葉というものが他者に欲求を伝える必要から始まるからではないかと思います。

私が言語学を学んでいた頃、自分の子供の言語発達についてテープに録音してつぶさに調べた研究者の話を聞きました。そいいう研究もずいぶん蓄積されているだろうと思って調べてみると、これがなかなか難しいものがあるようです。単純に発話の順序や多さを比較することはできても、場面や状況、発話欲求の強さを勘案することが難しいからです。言葉は生き物ですから、そういった状況は重要です。1歳代に興味を覚えたことについて単発で発することばと、3歳頃に強烈な自我の目覚めによって強く相手に意思を伝えるために繰り返し言う言葉では、単純に同じ発達線上にのせて考えることはできないと思います。

個人的な印象では、言語発達の早い子と遅い子には、性格にも違いがあります。やはり自己表現の要求の強い子やリーダーシップのある子は言語の発達が早いです。一方、大人しく従順な性格の子は発話自体も少なめです。うちの娘は5歳ですが、クラスメイトを見渡すと、5歳の言語発達には既に大きな差があることがわかります。むしろ大きくなってからは必要な場面で必要なことだけを話すようになるので、自由気ままな幼稚園児では差が大きいのかもしれません。もしも言語学者だったら・・・、子供の観察は面白すぎるに違いありません。

おととしタリバンによる銃撃で重症を追って以降も、歩みを止めることなく女性の教育の重要性を訴え続けるパキスタン出身のマララさん。国連でのスピーチは記憶に新しく、ノーベル平和賞の期待も高いなど、世界から注目を集めました。教育や自由という、とても基本的な権利が、まだ大きな課題になっている世界があることを改めて気づかされます。

マララさんの話をきくと、いつもミャンマーの子供達を思い出してしまいます。お茶屋の丁稚奉公や家政婦などとして今でも児童労働が当たり前に行われています。ミャンマーの場合は、男尊女卑ではありませんが、貧しさや、宗教心の強すぎるお父さんが出家してしまったために子供達が働かなくてはならなくなったりすることがよくあるのです。義務教育制度がなく、小学生くらいの子供達が日常的に昼間から働いでいるということ。普通のミャンマー人は慣れすぎていてその不平等さに気がつかないことに私はかねてから疑問を感じていました。ミャンマーの知人友人にはいつも言いますが、言われて初めて気づくといった感じです。

でも、マララさんのすごいところは、あのような社会で生まれ育ちながら、高い意識をもち、声をあげたということです。私も仕事でアフガニスタンやパキスタンを訪れたことがあります。道を歩く女性を一人も見かけないような世界で、私が歩くと女がいると物珍しそうに声をかけられ、無視すると女のくせに生意気だと石を投げられました。一瞬怒った顔で振り向こうとした私に対して、男性同僚達はここで揉めて目立たないように私を諭しました。あの環境で女性として生まれることがどんなことか、想像もできません。

でもそのような環境から、立ち上がった少女がいるということが奇跡のように感じます。文化や環境にかかわらず、人間の権利や平等について気付き、変化させようと行動できる人がいるということなのです。それは人間が根源的にもつ能力であり、困難な状況にあっても抑圧しつくすことはできない本能だからなのでしょうか。

世界にはまだ多くの国で子供、とくに女性が教育を受ける権利さえないこと、人生の選択の自由がないこととは次元の異なる問題かもしれませんが、女性と教育、女性と生き方ということについては、先進国とて同じ根源的課題を抱えていると感じます。

マララさんが言っていました。学校に行けないと言われ、女性は家で家事や育児だけをやっていろと言われたら、そんな明日は想像できないと。実は、大学院で博士号を取り、一旦は専門職に就きながら、現在主婦をしている私にはとても痛い言葉でした。先進国で高い教育を受けた女性であっても、仕事一筋でないかぎり、女性が家事と育児に多大なエネルギーを割かねばならないことは目下の話題です。まあ、生き方や価値観は個人それぞれですが、改めて、現状に甘んじていてはいけないと思い立ちました。

日本語教師の知識をはかる試験として、日本語教育能力検定試験があります。

昨年、ボランティアで日本語を教え始めてから、独学で勉強をしていましたが、10月に初めて受けた試験の合格通知が届きました。独学主婦の一発合格率は高くないようだったので自信がなかったため、とても驚きました。

普通は420時間の養成講座を受講するようですが、一応、大学では言語学専攻だったため、全く初めての用語ばかりではなかったことと、時間とお金の節約を考えて独学にしました。そういえば国語の一種教免もとってはいました。(もう20年近くも前ですが)

勉強方法はシンプルで、420時間の講座で有名な会社が出している分厚いテキストを2度通読、過去問を3年分解いただけです。専門用語は最初ネットで調べていましたが、独特のカタカナ用語に閉口して、結局、用語集を一冊買いました。

最新の統計や外国人政策については、ひたすらネットサーフィンで対応しました。意外とこれが役立ったと感じます。また、昔書いた卒論が音声学絡みだったことや、普段から主人の外国人日本語に聞き慣れていたため、ヒヤリングの問題がわりと得意だったことも幸いしたかもしれません。

合格とはいえ、日本語教師としての経験はこれからなので、やっとスタート地点に立てたということ。外国語として日本語を教えるというのは、母国語でも本当に難しく奥が深いものだと感じる日々です。

パトリシア・クールによるTEDプレゼン「赤ちゃんは言語の天才」

赤ちゃんの言語習得の特徴について、最新の脳科学に基づいて紹介するということで、楽しみにしていました。

一番関心あるところはやはり脳の臨界期について。おおよそ7歳ころを境に、言語の習得能力曲線が大きく下降し始めるそうです。これは、20年前に私が言語学を学習していたころに習った記憶とほぼ同じ見解です。

新鮮だったのは、子供には音声の聞き分けについて脳内で統計処理を行うことで母語を身に着けていくらしいということ。LとRのような、母語話者以外には見分けにくい音声の聞き分けについて、その能力に差がつきはじめるのが生後6−8か月から10−12か月の間だという実験結果がありました。そしてこの統計処理は、第二言語についても行えるらしいとのことで、英語と並行して生の中国語も聞かせた子供は、母語話者とおなじような聞き分け能力の発達がみられたそうです。

1歳までに母語の音声学的な聞き分けができるらしいということは、これまでにも言われれてきましたが、最新の脳科学の研究によって、より科学的な裏付けが積み上げられてきているということなのだと思います。

母親と父親の母語が異なる場合、赤ちゃんのころから両言語を聞くことでバイリンガルになりやすいわけですが、そうでない家庭の場合、習得したい言語のベビーシッターを頼むことが近道なのでしょうか。将来、そんな語学教育ビジネスも盛んになりそうな気がします。

ちなみに我が家では、パパがミャンマー語で話しかけをしてこなかったので、ミャンマー語はまったくの外国語。幼稚園が英語な分、今のところ日本語>英語>ミャンマー語です。来年あたりミャンマーに移住すれば、臨界期には間に合うか・・・?

ケリー・マクゴニガルの『スタンフォードの自分を変える教室』(大和書房)に面白いことがかいてありました。

「現代生活は自制心を要することばかりですから、意志力などかんたんに使い果たしてしまう(P.94)」というものです。意志力は筋肉と似ているとのこと。自制心を働かせると脳は大変なエネルギーを要するため、蓄えられていた一定の力を使いすぎると、使い果たしてしまうのだそうです。

そう考えると、ミャンマーの田舎でのびのび過ごしすのと比べ、日本で生活すると、なぜ普通の日常をこなしているだけでも疲れ果ててしまうのかよくわかります。ものがあふれた日本では、気を散らす様々な環境要素や誘惑から身を守るだけでも大変なエネルギーを消費しているのでしょう。

もう一つ、「限界を感じるのは脳にだまされているだけ(p.115−)」というのも面白いことです。脳の中の慎重なモニターが、極度の疲労を防ごうとして、負担がかかりすぎる前にぺースを落とすように指示をだすのだそうです。
これも、とても頷けます。私も、年とともに脳がブレーキをかけるタイミングが早くなっているのを感じていました。

先日甲状腺ホルモンの血液検査をしたときのことです。マーカーとなる3種類のホルモンのうち、甲状腺からのホルモン2種類は正常値でしたが、脳からのホルモンだけが異常値でした。お医者様いわく、「脳が甲状腺ホルモンが多すぎると感じている状態」なのだそう。脳が事実を無視して、勝手にものを判断して守りに入っているのではないかと思いました。

心と体のバランスにとって、脳の働きがいかに大きいかがよくわかります。脳に悪影響を与えるものとしてストレスや睡眠不足がよく言われますが、私の場合思い当たるストレスもありませんし、睡眠は恥ずかしいほど長時間とれています・・・。むしろ、脳が暇をもてあましているのかもしれません。以前は仕事でもっと頭をつかっていたので、脳にはとても負荷がかかっていたはずです。それが産後いきなり主婦になたったために、脳の働く場所が急変しました。育児というのはより本能に近い部分の脳を使っている気がします。同時に、理論的な考えを行う脳のニューロンが勢いよく減っていくのを感じました。

日常的にも考える忙しさがなくなった脳は、代わりに考えるネタ探しを始め、心や体の不調を招く様々な暴走行為を勝手に進めるようになったのではないか、とさえ思えます。つまり、主婦が育児ノイローゼになったり、つまらないことでくよくよするようになるのは、脳の働きのバランスが悪いためなのではないかと思うのです。

脳の暴走を防いで、意志力を磨くためには、適度に脳に負荷をかけているほうがよいのかもしれません。

娘は日本語、英語、ミャンマー語に囲まれた環境です。とりたてて教育熱心な親なわけではなく、父母それぞれの母国語と、どうしても相対的に不足しがちなミャンマー語でのコミュニケーションの不都合を考えて、親戚間での共通言語としてやっぱり英語は必要という考えからです。かつてイギリス統治下にあっただけあって、ミャンマー人の英語力はだいぶ発達していますし、アメリカに住む娘のいとこは英語しか話せません。

こうした幼児の複数言語の習得について、かえって混乱して言語の発達が遅れるという説があり、私もよくそのことを聞かれます。現在のところ、私の答えとしては、「子供による」ということです。

私の娘は、かなりおしゃべりなので、母国語としての日本語はすでに流暢ですし、英語への切り替えもスムーズです。ほかの子と比べて相対的に発話数が多く、話したい、という欲求が言語の壁を乗り越えているように見えます。つまり、相手が英語しかわからなければ英語で話すことが自然にできるようになってきました。これはインターナショナルスクールで英語しかわからない友達とも遊びたいということが大きなモチベーションになっているのだと思います。(娘が大好きなのは、英語しか話せないインド人のT君です!)

私がイタリア語を好きなことを知っていて、時々これはイタリア語で何ていうの?と聞いてきます。一応答えてはあげますが、さすがに多言語すぎはどうかな??と思い、優先的に身に着けさせたい言葉以外のインプットは控えるようにしています。まあ、彼女の場合、たまたま言葉というものが好きなのでしょう。

パパとは日本語でも英語でもOKです。ミャンマーに行けば、ミャンマー語を駆使しようとしています。単語レベルでいうと、英語しかわからない単語と日本語でしか覚えていない単語があるので、ときどきミックスしていますが、あくまでもボキャブラリーレベルの問題なので、これはやがて語彙が増えるとともに解消されてゆくでしょう。

4歳くらいですと、母国語だけに限っても、言語の発達には大きな個人差があります。実際、まだ上手に話せない子も少なくなく、その場合には子供がきちんと言葉を理解できているのか、まだ確認することさえ難しい場合があります。そういう子の場合、複数言語を学習させていると、そのせいで混乱が生じていると思われることがあるでしょう。

言語学では、母国語の形成期は2歳から12歳ころの間とされ、その時期をクリティカルピリオドとか、センシティブピリオドといいます。たとえ上手に話せなくても、脳に蓄積された言語能力があとで開花してくることもあるでしょうから、まだ観察が必要なのだと思います。本人がおとなしくて人とのコミュニケーションが苦手な性格であるとか、第2言語に触れる機会が極端に少ないために、その学習が負担になっているようであれば、無理させないほうがよいのではないかと思います。つまり、言語だけに限ったことではありませんが、親が子供の関心をよく見極め、タイミングを上手にはかってあげることが重要なのではないでしょうか。

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