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旅の思い出

April 26, 2017

忘れがたいローマのパスタの味

忘れられないパスタがあります。

ローマのL'Archettoというパスタ屋さんのトマトソース味。

ときどき、ふとあのよく焦げたガーリックとオリーブの風味が蘇るのです。ちょっと太めのパスタにいいお味が染み込んで、もう、一度食べたらやめらません。

突然脳裏によぎるあの香ばしい匂い…やはり嗅覚は脳に記憶として残るものなのだということを再認識。

とくにあの店のペスカトーレときたら!!

様々な種類の貝が載って、ボリュームも本当にすごかった。

私がイタリアに居たのはもう16、7年前になります。その後も何度か、ローマに行けるときは必ずあの店に行きました。

私にとってあの忘れられない香りは、おいしい記憶とともに夢いっぱいの若かりし頃を思い起こす匂いでもあるのです。

つまり、青春の香りがオリーブ油とガーリック…⁉︎

イタリアから帰ってから5年くらいは、パスタもコーヒーもイタリア式にこだわりました。やっぱり日本の店ではあの味は食べられないので、必ず自分で作って。

それが今や。子供とスパゲッティを食べるときは、もちろん時短最優先。買ってきたソースを平気で使える日々です。

でも今日は突然、仕事中にあのパスタの香りが蘇り、久々にこだわりのパスタを作ることにしました。

残念ながら、仕事帰りに立ち寄ったスーパーでは、たくさんの種類の貝はありませんでしたが、ラッキーなことにアサリが旬の季節です。有頭のエビもいい味を出してくれて 納得の一皿ができました。

8歳の娘にこの超こだわりパスタを食べさせたのは初めて。いつもは食が細くて遅い娘が、生まれてきて一番のパスタだとグーサインを出して、あっという間に食べてしまったのです。

やはり、娘にも確実にママの好みが遺伝しているようです。

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myitta at 19:37|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

February 04, 2017

ヤンゴンの環状線を走る日本の電車の車両

(ミャンマーには電車はない!というブログを目撃し、「車両」になおしました)

昨年、帰国する前にヤンゴンの環状線に乗ってみたときの写真が出てきました。なんと、記念に乗ってみた電車が新潟製の日本の電車の車両だったのです。
記憶が薄れてしまう前にご紹介します。

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ヤンゴンの市街地をかこむように走るローカル線、実はミャンマー人の主人も一度も乗ったことがないというのです。

車通勤の渋滞の酷さを考えると、時間帯によっては使えるかも、とウワサしていたのですが、結局、ヤンゴン在住中は乗らずに過ごしてしまったので、帰国前に一度乗ってみることにしたのでした。

自宅最寄の小さな駅に行ってみると、案の定、ミャンマー語の看板しかありません。

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小さな駅舎で紙の切符を購入します。一応、大人用、子供用と分かれていました。

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駅で待っていると、やってきたのは緑色に塗られたザ・鉄製!というかんじの車両。

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この車両はどこ製だかわかりませんでしたが、ドアもなく、走行中もオープンな感じでした。雨季はどうなるのでしょう。
中は夕方のマーケットに向けた荷物をたくさん抱えた行商の方が多いようでした。この日は週末だったので、比較的空いていた様子。

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で、帰りの車両がこちら。やってきたのは何やら見覚えのあるような丸みを帯びたフォルム。そう、これが日本の電車の車両だったのです。

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中も、昔懐かしい日本風!ただ、やはりドアは開けたままでした。

壁には、日本語で津波がきた場合の注意などが貼ってありました。
その上のほうの古めかしいプレートをよく見てみると、『新潟鐡工 昭和54年』の文字が!なんだか、この文字を見たら、ふつふつと感動がこみ上げてきたことをよく覚えています。
私が子供だった頃の日本の電車が、今のヤンゴンで活躍してるんだー!と。

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途中の駅では、日本人らしき5人位の団体が一駅だけ乗車して、また降りてゆきました。海外で活躍する懐かしい日本の電車を見に来られた鉄道ファンの方々だったのかもしれません。
私は全く鉄道に詳しくありませんが、ちょうど日本製の車両に遭遇できて本当にラッキーでした!

近年は日本の援助などによりこの路線の近代化計画が進められているように聞いているので、次に行ったときは景色がだいぶ変わっているかもしれません。

myitta at 23:25|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

August 20, 2015

アフガンスタンから活躍する女性

BBCのニュースを見ていると最近よく目にする黒髪の国際ジャーナリスト、ヤルダ・ハキームさん。紛争地や自然災害の現場を取材する、エキゾチックな風貌にこの名前。どこの人だろうと気になって調べると、なんとアフガニスタン出身でした!

私にとってのアフガニスタンは、2005〜6年に仕事で滞在したときに見た、内戦後の、それはそれは厳しい世界です。あの国から、世界で活躍する若い女性が出てきたとは!

といっても、彼女の家族はヤルダさんが生後6ヶ月でアフガニスタンを逃れ、オーストラリアで育ったそうです。オーストラリアのSBSで国際ジャーナリストとして活躍した後、2012年よりイギリスBBCの国際ニュースを担当することに。

家族の、そしてアフガニスタンの苦難に再び向かい合うことになった彼女のアイデンティティを知ることができるインタビュー記事が、インディペンデント紙のネット版にもありました。
 http://www.independent.co.uk/news/media/tv-radio/from-refugee-to-war-reporter-yalda-hakim-fled-afghanistan-as-a-baby-and-now-reports-from-the-worlds-conflict-zones-8991572.html
 
これからもジャーナリストとして、彼女だからこそ見えるもの、伝えられるものがあるのでしょう。 

人生には変えられない宿命のようなものと、意思や信念で自ら切り拓けるものが交じりあったものだなあと思います。



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January 13, 2014

ジャスミンの香りの思い出

ジャスミンというと、とてもアジアなイメージがあります。お茶や映画、アートから香水まで、アジアの文化とつながりの深い花と言えるでしょう。アウンサン・スー・チーさんのことを書いた『銃とジャスミン』という印象深いタイトルの本もありました。

私のジャスミンとの印象に残る出会いは、初めてミャンマーを訪れたときのものでした。寺院やマーケット、道端などあちこちでジャスミンの花に糸を通した花輪を売る人に遭遇します。ミャンマー語でザベーと呼ばれるこのジャスミンの花輪は、仏像に供えるほか、部屋や車の芳香剤として活躍しているのをよく見かけます。ホテルに戻ればロビーにジャスミンの香りが出迎えてくれるといった具合いです。初めてのミャンマーはまさにジャスミンの香りに満たされたものでした。

すっかり魅せられた私もジャスミンの花輪を買い、ホテルの部屋に飾って楽しむことにしたのですが…。主人曰く、ジャスミンは夜中になるとキョーレツな匂いを放つようになるから知らないよ、とのこと。

果たして、夜中に予想以上にキョーレツさを放ったジャスミンに辟易し、部屋の外に出すことになったのでした。

とはいえ、私にとっての最初のミャンマーは、ジャスミンの香りとは切り離せないものとなりました。後にはマーケットや発酵食品の匂いを知ることになるのですが…

アロマの王とも呼ばれるジャスミンは、夜に化学反応で強い匂いに変わるのを待って手摘みで花が採取されるそうです。そのため、そのエッセンシャルオイルは大変高価なものとなることでも知られます。

ミャンマーの特産品として、もっともっとジャスミンを活かす道がありそうな気がします。

myitta at 22:56|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

August 20, 2013

ガーデナーとの出会い(イギリス)

学生時代、ごく短い期間でしたが、オックスフォード大のガーデナーのお宅にホームステイをしたことがあります。
90年代でしたので、まだ今ほどガーデニングブームもなく、私の母が自宅で勤しむ園芸以上の知識もなかった私が、ガーデナーのお宅にホームステイできたというのは、今思えばとてもラッキーなことでした。

そのお宅はオックスフォード中心部に近い古いコテージで、代々オックスフォード大のガーデナーが住んできた家だといいます。お父さんはオックスフォード大の複数のカレッジを担当するガーデナーで、奥さんはてきぱきと仕事と家事をこなすワーキングマザー。10の娘さんと4歳の男の子がいて、小さなコテージは、私もいれるといっぱいでした。

初日にざっくりと家庭内のルールを説明されると、それぞれ仕事に学校に皆出かけて行ってしまいます。あまり英語が得意でなかった私は、必要最低限の会話でも気後れして、自分から積極的に家族とコミュニケーションをとることもできませんでした。それでも、生まれて初めての海外家庭での生活は、いろいろなことを学ばせてもらいました。

ホームステイの学生を受け入れているのに、日中誰も家にいないことも驚きました。子供が二人いるワーキングマザーは、それだけでも忙しいのに、どうしてホームステイの受け入れをしているのだろうと。お母さんによると、だからこそ、子供に小さいうちから家の中でもきちんと片づけたり、意味のあるルールを守ったり、多様な価値観に触れる機会をつくることが大切だと考えているのだそうです。

10歳の娘は、外国人の私を見ても全く人見知りしませんし、毎回お風呂の後にバスタブをきちんと掃除して出てくる習慣も身についています。去年、何か考えさせられるエピソードがあったとかで、家族で彼女一人がベジタリアンになったのですが、両親は自分で考えて決めたことだから、と彼女だけに別の食事を用意していました。はっきりと意見を言う娘の姿に、最初は少し生意気に見えたものでしたが、子供に自立を促し、大人と同様に意見を尊重する教育に、日本の教育とは大きく異なるものを感じました。

ガーデナーのお父さんは、日中も仕事の合間にちょこちょこ家に戻ってきます。ときどき、私を庭に誘ってくれました。3月だったので、まだコートを着込んでも寒く、どんよりとした日が多かったのですが、私にとっては、はじめてのイングリッシュガーデンの体験でした。

穏やかで口数の少ないお父さんが、庭の説明となると明るくよくしゃべるのです。この庭はブルーの花ばかりを集めたブルーガーデンで、僕はここが一番気に入っている、この部分は僕の担当になってから新しく花壇にしたエリアだ、ここは大学の宿舎の庭だから、白い花ばかりを集めてみた・・・などなど。

広い公園のようなカレッジの庭から庭へ、一般の人は通り抜けできない柵やゲートを越える、庭師専用ルートを通って案内してくれるのでした。とあるカレッジでは、ここにそんな入口が・・・!と思われるようなところから重厚なチャペルの2階のメンテナンス用通路に入って、ステンドグラスの窓沿いに並ぶ鉢植えの植物に水をやって回ったり・・・。大学で園芸を学んだお父さんは、知識の一環として、日本の庭についても知っていて、ときおり比較しながら説明してくれました。

大学に専用のガーデナーが何人も住み込んでいるなんて、さすが英国と驚いたり、大学内のそれぞれのカレッジに歴史あるチャペルがあるというのも、キリスト教国ならではと感心したり。歴史ある建物を素晴らしく手入れの行き届いた庭が囲むその雰囲気は、最高の教育環境にほかなりません。あまりにも絵のように完璧なその景観が、このガーデナーのお父さんのおかげで生き生きとしたストーリーのある世界を見せてくれるようになったのでした。植物を愛するお父さんの職人気質な姿には、国籍を超えて、何かにうちこむ人への親近感も感じました。

今ようやく自分の家の庭を少しだけ手入れするようになって、ふとあのオックスフォードのお父さんのと廻った庭のことを思い出します。





myitta at 11:53|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

August 19, 2013

バーミヤンの星空(アフガニスタン)

8月12日はペルセウス座流星群を見るのに最適な条件といわれていました。夜中の2時頃、空を見上げてみたものの、残念ながら我が家の空は曇っていて、何も見えませんでしたが。

星を探して空を見上げるとき、いつも思い出すのは、昔仕事で訪れたアフガニスタンはバーミヤンの夜景です。

標高2500メートルほどのバーミヤン。もちろん電気もない荒涼とした世界の空は透明で、夜空がこんなに青いとは知らなかった!!と思わず呟いたのをおぼえています。地平線に向けて淡くなっていく青いグラデーションの中に、山の稜線がくっきりと黒く浮かび上がります。

そこにひろがる無数の星の世界!まるで広い海にたくさんのダイヤをばらまいたよう。その驚きと感動は息をするのを忘れるほど衝撃的で、地球上で経験できる現実とは思えないほどのものでした。まるで空と海が反転したような夜空はどこまでも広く、自分が地上に立っていることさえ分からなくなるほどでした。

なかなか心身ともにハードな現場での仕事でしたが、一緒に仕事をした仲間と見たあの夜景は厳しい環境ならではのご褒美でした。



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心に残る世界の思い出

最近ではミャンマーしか行っていませんが、出産前には仕事と研究で20か国以上を訪れ、かけがえのない出会いや体験をしてきました。

仕事がら、各国の世界遺産を訪れ、観光ではできない体験もしてきましたが、不思議なことに、時間がたってもよく覚えているのは、人気の観光地や苦労した経験ではなく、思いがけず出会った人の優しさや心通じ合ったエピソードなどなのです。

気力、体力があふれていた20代、30代前半は、日々の忙しさに流されていましたが、ひと段落したいま、ふと小さな旅のエピソードを思い出して、一人でにんまりしたりする余裕が。と同時に、それらがだんだん遠い記憶となっていく寂しさも覚えます。思い出したとき、ついでに忘れがたい思い出をここに書いていくことにします。



myitta at 12:02|PermalinkComments(0)TrackBack(0)