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言語と教育

February 23, 2017

娘の表現に励まされる

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ゆっくりとお風呂に浸かっていたら、
「ママのダイアリー読んだらbeautiful !」と
先にお風呂からあがっていた娘が目を輝かせて駆けつけてきて、
ダイニングテーブルの上に日記帳を置きっぱなしだったことを思い出しました。

実は英語の勉強に日記をつけるのが効果的だと聞いて、100均でハードカバーの日記帳を買ってきたのですが、数日前に少し書いてみただけで忘れていたのでした。

娘はすぐに私の真似をしたがるので、早速自分も日記を書くと言っていますが、私は自分が何を書いたのか全く思い出せず。
数日前に自分が書いたことを思い出せないという事実にしばし愕然。

後で確認したら、昔イタリアでいろいろな経験ができてよかった、みたいなことだったのですが、何が娘にとってbeautifulだったのかは、よくわかりません。

でもまあ、英語で日記を書くのは娘にも良いだろうと思い、それぞれ書くことにしました。
子どもに読書させたければ、親が読書すれば良いというのと同じですね。
書いたことを思い出せないくらい錆び付いた私の頭の脳トレにも良さそうです。

しかし問題は続くかどうか、です。
一人だと自信ありませんが、beautiful!という言葉に励まされて、続けるぞーと思った夜でした。



 

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December 09, 2015

高い英語力、起業家精神あふれるインターのママ達

7歳の娘が通うヤンゴンの英系インターは、生徒の増加でクラスも増え、クラスメイトも半分くらい新しいメンバーで8月からの新学年がスタートしました。この勢いは、ミャンマーに流入する外国企業の勢いをそのまま反映していて、子供たちは本当に多国籍。

それにしても、生徒が増えているわりに、お迎えのときに見かけるママ達が減っている・・・?と思たら、仕事を始めたママ達が多いよう。学校の送迎バス組が増えているのです。

お勤め、NPOやボランティアのほか、医師、そしておシャレなベトナムレストランやケーキ屋を起業したママなど、実にバラエティーに富んでいます。外国人にとって決して仕事がしやすい環境ではない中、外国人ママ達のこの勢いもヤンゴンの急成長の波を反映しているかのよう。ある意味、チャレンジ精神があるからこそ、ミャンマーに来てみようと思った人たちなのかもしれません。

そして、ママ達の英語力もハイレベルです。学校内は当然ながら全て英語なので、雑談や事務連絡は日本語もOKだった日本のインターとは違ってなかなか気が抜けません。

7歳でもときどき難しい宿題があり、私が英文の意図するところが理解できない場合も出てきました。小学校の後半になると、英語ネイティヴでない親が宿題をみてあげるのは難しいと聞いたことを思い出しました。

多国籍な中には東南アジア勢も多いのですが、親たち自身も英語で学ぶ学校出身で、日常的に英語環境で育ったり、バイリンガルが多いのです。彼らの話をきいていると、一世代以上前から英語教育の選択肢が日本よりも大きかったためではないかと感じます。

例えば多民族が当たり前に暮らすマレーシアでは、中国語で学ぶ学校、マレー語で学ぶ学校、英語で学ぶ学校があるのだそう。

こういった多様性の中で育てば、ことさらグローバルだの目標にしなくても、自然と多様な価値観の中で生き抜く力が身につくなあ、と親の方も学んでおります。














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June 07, 2015

英語でのバイオリンレッスンで娘より緊張

せっかくミャンマーに来たのだから、ミャンマーハープ、サウンを習いたいと漠然と思っていたのですが…。大昔に経験したバイオリン、せっかくヤンゴンに持参してるので、たまーに練習したりして気を紛らしていました。まあ、気晴らしにはなるのですが、一人で弾いてても上達しないし、中途半端
よなーと思いながら。

そうこうするうちに、娘が8月から学校の器楽の授業でバイオリンを選択できるらしいことが判明。バイオリンなら、まあ次どこに転勤になっても続けやすいし、日本で習うよりだいぶお得なレッスン料で済むので、これを機に娘がピアノを習っている音楽教室で、母娘でバイオリンも習ってみることにしました。

6歳の娘はまだ1/4サイズの分数バイオリンなので、来月日本で購入するつもりだったのですが、運良くお借りできることになり、少し早めに練習が始められることになりました。

今日は初めてのレッスン日。長い髪のミャンマー人の女性の先生が、英語で指導してくれました。一回おきに、私と娘が交代でみてもらうことになり、まず今日は私の番だったのですが、娘もやりたがるので、結局ほとんど二人平行しながらとなってしまいました。

全くのビギナー初日の娘は、弓の持ち方から習い、しばらく弓を持って腕を動かす練習。私はというと、レベルチェックということで、いきなり難しめの曲からスタート。ひいた記憶はある曲でしたが、なんだか久々のレッスンに緊張して、固まり気味でした。しかも、音階はドレミファではなく、CDEF・・。すぐに変換できずに指示の理解がワンテンポ遅れる始末。

必死なレッスンが終わる頃には、今度は娘が楽器を構え、ボーイングを始めて先生に教えてのアピール。先生はやり直しの私とビギナーの娘を上手に交互にみてくださったのでした。

次回は娘の番に徹するとして、今後、私の時にも娘に同席させるのはどうなのかと悩まないではありませんが、程よい緊張感のある時間を親子で共有するのは、思っていた以上に充実して楽しいものでした。

娘はよほどバイオリンを始めるのが嬉しいらしく、その後一日中、弓の持ち方のエア練習をしたり、箸や綿棒を使うときまで弓の持ち方をしてみたり。


何かと思い通りにいかずにイライラしがちなヤンゴン生活ですが、娘とバイオリン練習が一味違った毎日にしてくれそうな予感。練習しなさいと親がいうばかりではなく、一緒に楽しんだり競争したりできる環境にしたいと思っているのです。

ちゃんと続けなくちゃね・・・

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May 31, 2015

6歳で英語の俳句の宿題!

ヤンゴンの英系インターでYear2に通う娘の宿題を見て驚きました。

授業でポエムをやっているというのはきいていましたが、ポエムはポエムでも、俳句をやっているらしいのです。しかも英語で。

宿題の文面には、まず単語の発音の単位であるシラブルについて解説があり、俳句が5-7-5のシラブルで構成されること、季節などがテーマであることなど、恐らく宿題を手伝う親向けの簡単な説明がありました。

子供達は、その内容を授業で習ったのだそうです。

シラブルって、私は言語学出身なので、わりと親しみありますが、日本では6歳の一年生が習いませんよね。俳句も。私は中学の2年間を正岡子規出身の愛媛県松山市で過ごしたので、学校で俳句を盛んに作らされた記憶がありますが、東京の小学校では作った記憶にありません。

娘の宿題は、まずは日本語で思いつく俳句を作らせてみましたが、何とか5-7-5におさまりましたので、確かに学校でシラブルの原則を習った様子。雨だと外で遊べないから寂しい、という内容です。

日本語にアルファベットで読み方のルビを書かせ、次にその英語版を5-7-5シラブルで作文。英語の単語がそれぞれ何シラブルになるのかは、私は苦手なのです。例えばlonelinessはloneli-nessで2シラブルか、それともlone-li-nessで3?

多ければ「字余り」とすれば良いかなどと都合良く解釈して、きちんと調べませんでしたが、なかなか難しい宿題で驚いたのでした。

昨日、その件について先生と少しお話しました。イギリスでは俳句はシラブルの説明に都合がいいので、ポエムの授業で好んで取り上げられるのだそうです。日本語と英語で同じ内容の俳句にしたことを喜んでらっしゃいましたが、英単語のシラブル数のことについては大雑把でよい様子。

英語学習という点からは、シラブルの概念について早くから意識的に教えるのか、という点も興味深いところ。もっとも、日本語は基本的に一文字がい1シラブルの言語だから、わざわざ意識しなくても使いこなせるのですが。

なんだか、言語学的に感慨深い娘の宿題でした。

それにしても、娘が習っている英語のポエムは難しいのです。同じ音で終わる単語を活用したライミングや、早口言葉、ときに笑いのポイントなど、私の理解はすでに落ちこぼれております。

ネイティヴの英語(つまり国語)の授業はこういうものかと、日々勉強です。

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March 17, 2015

ヤンゴンで4ヶ国語を学ぶことになった娘6歳

ヤンゴンの英系インターナショナルスクールに転校して4ヶ月の娘。土日も登校したがるくらい学校好きの娘は、この4ヶ月で飛躍的に英語が上達しました。語学は、選択でミャンマー語も週2回勉強しているのですが、さらに外国語として1月からスペイン語が週2回始まったのです。期せずして、日本語とあわせて4ヶ国語を学ぶことになってしまいました。

英語の授業は、基本のphonics やreadingの他に創作的な授業も多くて、宿題や単語テストも6歳とは思えないくらいハイレベル。毎週私も知らない単語が入っています。ネイティブの5、6歳の英語文法力は、日本の大学受験英語レベルだと聞いたことがありますが、話す能力についてはそれ以上かもしれません。

我が家は家庭では日本語と英語(一緒に住んでいるミャンマー人の姪と話すとき)なので、漢字などは家庭学習で頑張る地して、パパがミャンマー人なのでミャンマーに住んでいるあいだにミャンマー語にも親しみたい。でも、スペイン語は必要あるのか・・・?と親は思っていたのですが・・・本人にはスペイン語の授業はとにかく楽しいらしく、驚くべき進歩を遂げています。先生とお話してみると先生のコミュニケーション能力の高さがよくわかりました。私も習ってみたいくらいです。授業の魅力という点で、一般的に真面目すぎる日本語やミャンマー語の型通りの学習は、相当改善しないと子供へのアピールに欠ける印象です。

娘には、最低限、英語と日本語はきちんと身につけてもらいたいと思っていましたが、6歳で4ヶ国語というのは予想外の展開です。いちおう大学で言語学を学んだ私ですが、現在の娘の語学教育への対応については、後手後手になっています。まあ、語学に限らずどんな勉強でも、いくら親が必死になったところで、本人にやる気がなければモノにならないというのが言い訳です。

ただ、語学もピアノなどの音感も、言語学で学習臨界期といわれる8歳ごろまでが鍵だとは思います。意図的に記憶して覚えるのとは異なり、脳の発達初期には、与えられた刺激に対する自然な反応として言語がインプットされてゆくからです。国際関係の仕事で苦労した私も、現在もアメリカの会社で働く主人も、自分達が苦労した経験から、大人になってから学んだ英語力で埋めるには大きすぎる差があることを実感しています。何回か海外転勤があることもわかっていたので、娘は日本にいた時からインターに通わせるということで主人と意見が一致していました。

にしても4ヶ国語は多いのではないか・・・?という心配の原因は、子供の脳がまた、生きるために不要なことは忘れるのも得意だからです。先日は、漢字の勉強が好きで漢字ドリルばかりやっていたら、なんとひらがなが書けなくなっていました!それであわてて日本の祖父母や従兄弟に手紙を書かせることにしてみたり。

ヨーロッパやインドなどの他言語が併存する地域では、伝統的に他言語話者が自然に育つことが知られています。やはり環境が大事なのですよね。さて娘は今後どうなることやら・・・

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August 18, 2014

革命の時代に生きた女性を描くアニメーション

テレビのニュースでリアルタイムに戦争を目撃したことが衝撃的だったイラン・イラク戦争。

映画『ペルセポリス』は、その頃のイランを少女の目から描いたマルジャン・サトラピ(Marjane Satrapi)による秀逸な自伝的アニメーションで、第60回カンヌ国際映画祭審査員賞を受賞。第80回アカデミー賞外国語映画賞の作品です。

シンプルなラインと、モノクロの画面が世界観をよく表していて、少女の葛藤が、国や文化を超えて身近なものとなって迫ってきます。そこかしこに散らばるちょっとニヒルなユーモアのセンスが、時に厳しい内容にもかかわらず後味を良くする、ユニークで力のある作品です。

最近、注目すべきイラン出身の女性の作品が多いですね。

伝えたいものが内側からあふれている、という印象は、なんだかかつてのロシアの前衛的音楽のようで、平和ボケした国から見ると、眩しくも愛おしく感じます。



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June 27, 2014

ミャンマー語教本

ミャンマー語の本や辞書を見かけるとつい購入してしまうのですが、これまで一番勉強しやすかったのは、

加藤昌彦著、『CDエクスプレスビルマ語』、白水社、2004年、でした。

この本は、以前上智大学の社会人講座でビルマ語を勉強したときにテキストとして使い始めたものです。
有名なシリーズのビルマ語版なので、使いやすくて頼れるお勧めの一冊です。

そしてさらに、昨年発売された素晴らしいミャンマー語の本を見つけました。


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『ミャンマー こんなとき何て言う』土橋 泰子、連合出版



こちらは、著者の方が書かれているとおり、言語学習的な書き方というよりは、ミャンマーの日常生活と結びつけながら、知り合いが教えてくれるような優しい語り口の本です。

たとえば、一つの言い方が場面や相手によってどのように変わるのかや、安易に仏像や犬を人間の比喩に使ってはいけないことなど、言葉の背景となる文化の問題が数多く紹介されているのです。生活のためにミャンマー語を知りたい私にとってはまさに待っていた一冊でした。

独学が難しいといわれるミャンマー語ですが、この本と先の『CDエクスプレスビルマ語』があれば、まず概要がつかめるのではないでしょうか。






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June 23, 2014

育児は知的職業−大統領の母の育児観

子供も5歳になると、物事をよく理解しはじめ、なぜ?どうして?なんのため?といいった論理的な思考が発達し始めます。親の言動もしっかり観察されていますから、おちおちしていられなくなってきたなあ、と思う今日この頃。

あのJ.F.ケネディ大統領の母は、9人の育児に関する回想記『わが子ケネディ』(ローズ.F.ケネディ著、大前正臣訳、徳間書店)のなかで、家庭での幼児教育の重要性について『「小さいうちに曲げると、大きな気になってからも曲がっている」という』とたとえています。

そして次のように書いています。

 「私は育児を愛情と義務の作業だけでなく、知的職業としても見た。それは世界のどの名誉ある知的職業にも劣らないほど興味ぶかく、挑戦的で、私に最高の力を要求数ものだった。」

 「九人の子供をかかえていては、必要事はとほうもなく多く、単に個人的努力だけでなく、たいへんなプランニングと組織化と監督が要求された。私は育児によって管理職になることを学んだ。」

 子育てに対する責任感とプロ意識が伺えます。そういえば、ミシェル・オバマ大統領夫人も自らを「Mom in Chief」と読んでいわば家庭の最高司令官としての役割を強調していました。

続いてローズ.F.ケネディさんが優れた子供を育てるためにコミュニケーション能力の育成に力を注いだことがよくわかる一節をいくつか。

 「子供が他人から笑われることを心配せず、互いに自分たちの考えを尊重する雰囲気のなかで、自分の考えを持ち、発表するよに仕向けてやると、頭が鋭くなるばかりでなく、自身もつく。そしてコミュニケーションの能力も発達する。私の『切抜き帳』には、「世界の運命は、よいにせよ悪いにせよ、自分の考えを伝え得る人びとによって形成される」と書いた言葉がある。」

 「私は子供たちに、人間が動物とちがうのは言葉をしゃべることだと教えた。それは神が人間に与えた贈物の一つであり、あなたたちへの贈物だから、上手に使いなさいともいった。」

 「子供達を優れた人間に成長させるとしたら、小さいときから始めねばならない。子供はたとえばティーン・エージャーになってから突然、すばらしい会話者とか話し手に開花することはない。頭の回転の速さ、感情のバランス、知識の幅を獲得することもできない。それは遅くとも四歳か五、六歳のときに始めた準備と努力がなければ、十四歳か十五、六歳になって、たまたま出てくるものではないのである。」

ケネディ家はお父さんの家族愛も素晴らしかったそうで、その教育方針も納得させられます。
 「いいかね。笑顔と十セントでは市電にしか乗れない。人生のとこかへゆき着くにはもっと多くのものが必要だよ」というのが口癖だったということ。いつも子供たちに最高なる努力を要求し、「ベストを尽くしたのなら、それでいいじゃないか」といったそうです。そして、

 「泣き言をいいってはいけない、自分の不運を騒ぎ立てて他人に負担をかけてはいけない」、「だれにとっても人生は多くの打撃と傷に満ちているので、人間は小さいときからその考えになれていたほうがよい」と考えていたのだそう。

結局、夫婦の考えは『優秀さはかなりの程度、習慣の問題である』とのこと。優秀さの中に、コミュニケーション力やリーダーシップが重視されていることはアメリカ的というか、日本人が国際社会で戦うために足りないところだと感じます。

リーダーの家庭では、リーダーになるべく習慣づけているのですね。だからこそ昔は、それなりの家柄の姉弟でなければチャンスもなかったのだと思います。そういえば、以前、私の同僚の中で一番優秀な人が、子供の頃親から帝王学について学ばされたと聞いてとても驚いたことをよく覚えています。帝王学というものが今で言うリーダー教育なのだと知ったのはそれからでした。

誰にでも情報や手段が手軽に選べるようになった現代は、どの家庭でもよい習慣を実践するチャンスがあります。ということは、それだけ親の責任というものが昔以上に重要になってきているのかもしれません。







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June 14, 2014

言語教育とデモクラシー

先日、とあるインターナショナルスクールを見学する機会に恵まれました。PreKから10年生まであるその学校では、先生方はほぼネイティブの英語話者ですが、生徒の日本語もOKなのだそう。そのため、この学校の子供達はどうしても日本語が多くなるという噂を聞いていたのです。この点について校長先生が次のように説明されました。

「私たちは日本語はダメ、何語はダメ、ということは言いません。言葉を制限することは、その子のアイデンティティを制限することです。それはデモクラシーではありません。」

なるほど・・・、と思うと同時に、正直少し戸惑いもありました。言語に対する学校の方針とデモクラシーを結びつけることに驚きがあったのです。

民主主義をめぐる戦いの続くミャンマー人と関わる私にとって、デモクラシーという言葉のひびきはとても重いのです。

現在娘が通うインターでは、よく校内では日本語禁止!と言われていて、英語力の向上のためにはそのほうが望ましいと考える親が多いようです。それはデモクラシーに反することだったのでしょうか。

確かにミャンマーはじめ、他民族国家では、衝突が続く周辺民族との対立要因の一つに、学校での公用語の問題があります。もちろんそれは主に公立学校の問題ですが、広い意味で言語の問題は、確かに民主主義とも関わる奥深い課題です。

子どもにとって学校は長い時間を過ごす場所であり、社会を学ぶ場であることを考えると、母国語を禁止するということのインパクトは、大人が思う以上に大きいのかもしれません。

一方で、校内は英語のみと厳しく規則付けないと、日本語を使ってしまい、英語がなかなか身につかず、授業についていけなくなります。日本語話者が増えれば、日本語話者以外が疎外感を感じるという問題もあります。ある種、特殊な環境であるインターナショナルスクールでは、校内は英語のみとするのは妥当ではないかと思うのです。

結局は学校の方針次第であり、どのような方針の学校を選ぶのかは、それぞれの家庭次第です。ですが、なかなか考えさせられた一言でした。



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June 04, 2014

ミャンマーへの転勤(1)−心の準備と娘の学校探し

前から可能性があることはわかっていた主人のミャンマー転勤ですが、とうとう会社から打診が来たそうです。半分ミャンマー人の娘にとって、アイデンティティの形成のためにミャンマーで過ごす時期をもてるのは大切なことですし、将来ミャンマーに学校を作りたいという主人の夢もあります。世界どこに転勤しても大丈夫なように、娘はインターナショナルスクールで英語に慣らし、私も日本語教師の資格も取って準備をしていたのです。10月からヤンゴンというと、4ヶ月くらい準備期間があるのはありがたいことでしょう。

でもいざ現実となると、なかなか心が落ち着かないものです。やっと今のつくばでの暮らしにも根が生えてきたところですし、私自身、昨年来の体調不良がやっと改善してきたところで、まだ元気いっぱいというわけではありません。
若いころはいろいろな国に行き、途上国に行くことも経験として前向きに取り組めたものですが、不惑の40ともなると、だんだんと気持ちは保守的になってゆくもの。しかも、主人の会社は日本企業ではないし、子供連れでインフラが不安定な国で生活そのものをするとなると、なぜかとても気楽ではおれません。せめてあと5歳若かったら、もう少し違っていたか・・・なんていっても仕方がありませんが。

そこで、準備の記録がてら、自分の気持ちを励ますためにも、これからの悲喜交々をここに書いていきたいと思います。

各種手続きや住まいのこと、娘の教育などやることはたくさんありますが、より一番気がかりは娘の学校です。現地の公立学校か、日本人学校か、インターナショナルスクールが選択肢になりますが、今までなんとなく調べていたヤンゴンで人気のインターナショナルスクール、改めてよく調べてみると、なかなかの伝統校のようです。1952年創立のミャンマー老舗の米国系インターで、インターナショナル・バカロレアをはじめ各種欧米の学校資格を取得。大学入学資格まであるIBディプロマまであるので、12年生を卒業後は、イェール、MITなどなど・・・主に米国の有名大学に進学する生徒も一定数はいるのだとか。

現状では娘の年齢にあたる1年生は一杯でウェイティングリストに登録しなければなりません。たとえウェイティングに載せても、いざ空きが出来た場合には学校側の判断でふさわしい子供が選抜されるということで、待っていれば順番がまわってくるわけではありません。とりあえず、その登録だけでもしようということになりましたが・・・。これがなかなか大変なのです。推薦書や過去の成績表、健康診断、予防接種の記録といった一般的な書類(もちろんすべて英語版)に加え、国際的な能力試験の証明書など、すぐに誰でも準備できるわけではないものまで準備したうえで、登録のためのIDを取得し、すべてオンラインで手続きしていきます。オンライン上でも、親の収入や学歴、語学力の証明など含めた長ーいフォームに記入しなければなりません。主人は私よりはこの手の英語の手続きに慣れていますが、とりあえず登録、という気軽なことはできず、目下必要な書類の準備に勤しむことになりました。

いまの家は貸し出すべきか、犬は連れて行けるか。。。なんだかこれから大変そう・・・と気落ちしているとき、ちょううどBSでブラジル移民のドキュメンタリーを見ました。かつての至難を極めた開拓時代と紆余曲折を経て、今は自分たちの反省と感謝をこめてアマゾンの緑化のためにアグロフォレストリーという農業の普及に貢献している年配の方々。スケールの大きな話を聞いて、私も頑張らねばと思うのでした。





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April 11, 2014

お休み前に子供に読む本

娘は本が大好きなので、寝る前に本を読んでとせがまれます。
本で釣ると、着替えも歯磨きもさっさと済ませます。
でもだいたい1冊ではおわらないし、同じ本を何回も読んでと言われたり、ベッドの部屋に絵本がたまったり・・・

面倒になった私は昨年から1冊に365のお話入った分厚い本を寝る前用に決めました。
この手の本、最近増えていて、本屋さんでも数ある中から選ぶのは大変でした。たいがい世界と日本の有名なお話は網羅されています。

そこで「マッチ売りの少女」のページを読み比べてみました。ポイントは、やはり読みやすいことと聞きやすいこと、そして感情移入できる描き方をしていることでした。同じお話でも、出版社によりこんなにも違うものかと改めて驚かされました。

結局私がえらんだのは「考える力を育てるお話 366 」(PHP研究所)という本です。一話1ページ、だいたい5分で読み終わります。世界と日本の童話に加え、自然科学や豆知識のようなお話も入っていて、実は娘は人体のしくみや、雲の出来方などの話のページが大好きです。

今のところ日付順ではなく、娘が絵を見て「今日はここ読んで!」と選んだページを読んであげています。
このスタイルでの寝る前読書がとても気に入ったので、今度は英語版を探していました。

とはいえ、近所の本屋で英語版のこの手の本は置いてなく、中身を確認できずにネットで買うことはできないので、しばらく探すことになりました。結局、東京の丸善本店の洋書コーナーで複数を比較することができ、選んだのは「Richard Scarry's Best Storybook Ever! 」(Golden Books )という本です。

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複数ページずつの様々なお話や、テーマごとに絵とものの名前を書いたpicture bookのようなページなど、82項目の内容があります。Richard Scarryの絵本は人気だそうで、そのシリーズの話が82も入っているというのはとってもお買い得なのではないでしょうか。絵が本当にかわいくてすてきで、娘も大のお気に入り。私が読んであげるのに難しすぎない英語という点でとても重宝しています。

というわけで、今は寝る前に、日本語の上記の本1ページと、英語の上記の本数ページを読んでいて、
ちょうどいい満足感で寝てくれています。


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April 05, 2014

娘がインターナショナルスクールに通って思うこと

つくば市の小さなインターナショナルスクールに通う5歳の娘は、先週キンダーを修了し、来週からは1st graderに上がります。年齢的には日本でいうところの年長さんです。昨年のPreKから通った2年間の感想について書きたいと思います。

まずこのインターを選んだ理由ですが、我が家の場合、将来ミャンマーか他の国に転勤の可能性が高いので、英語に慣れることが一番の目的でした。つくば市内にはいくつかの私立のキンダーがありますが、他校では日本人の先生もいるので、子供はどうしても日本語をたよって生活してしまいます。自分の経験からしても、語学はその言語を使わなければならない環境に放り投げられることが大切ですし、小さいうちほどその効果は大きいです。校内は英語のみという方針を徹底していることと、そのために外国人生徒の割合が高いことが娘の学校の特徴でした。校長先生の自宅を増改築したとてもプライベートで手作り感いっぱいな学校ですので、運営や事務の面は目をつぶることも多々あることは否めませんし、担任の先生次第な面も大きいですが、私は本当に良かったと思えることばかり印象に残ります。

なんと言っても、娘にとって英語が自然な選択肢となったこと。相手が英語で話せば、英語で返すことが自然になりました。この1年の担任の先生は明るく楽しいアメリカ人の女性の方でしたが、子供の心をつかむのが上手で、アイディアいっぱい、子供達の成長は目を見張るものでした。16人のクラスメートのうち、ほとんどが外国人なので、娘が好きな子とは英語じゃないと遊べないという状況です。もちろん、英語が苦手な子もいて、そういう子達で固まっていたりもしますし、外国人でも日本語が堪能な子も多いので、選択肢はあります(校内では日本語を使わないように言われますが)。

そして毎月クラスメートそれぞれの国にターゲットを置いた学習があり、子供達が世界の様々な人や価値観に触れることができました。親も参加して国の文化を紹介したり、食べ物をみんなで作ったりする機会もあるので、親同士の交流にもなります。各家庭さまざまな国や文化的背景、考え方があり、子供の教育には皆さん力が入るので、学校でのイベントは、身近に、そして現実的に多様性を学ぶ良い経験にもなるのです。

実は、自分から積極的に関われば、何より親自身の日常英会話力の向上も図れます。私自身、仕事で少しは使えるようになった英語でしたが、毎日の担任の先生との会話のおかげで、英語が自然に出てくるようになりました。しかしこれも子供と同様に、自分次第です。様々な国の人が集まれば、考え方も様々です。良くも悪くも裏表なく意見をいう人が多いので、そこに関わり、理解しあうためには積極性が欠かせません。そしてこのことは、国際的な仕事をする際のコミュニケーション力の根幹にほかなりません(自分の反省をこめて・・・)。それを小さいうちから身をもって学ぶことが、英語を学ぶ事以上に大切なことであり、このような学校に通う一番のメリットではないかと思うのです。

娘はもともと人とコミュニケーションを図ることが大好きな性格なので、英語に拘わらず何でも楽しんで吸収しているようです。そして、親同士もオープンでざっくばらんな人が多いので、毎週誰かの家に親子で集まります。我が家としては、子供の環境としては考えていた以上に充実した2年間だったといえます。来週からまた新しい1年。しばらくはこのまま娘の成長を見守りたいと思います。


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April 04, 2014

「なんで?」じゃなくて「なんのため?」

おしゃべり大好きな5歳の娘は最近ちょっとおもしろいことを言います。

今日は春の嵐で、夕方から大雨、強風に加えて雷まで鳴っていました。
雷さまにおへそをとられちゃうという話を思い出した娘は
必死でおへそを隠しながら、私にも「ママ、おへそ隠さないととられちゃうよ!」
と促してくれます。「ママも隠してるよ」と微笑ましい会話をしていると、
急に娘が真顔でいうのです。

「で、カミナリがおへそをとるのは何のため?」

「何のため・・・?」
思わず悩んでしまいました。

子供はよくなんで?なんで?というと思われています。

なんで?と聞いてくれたら「カミナリさまはおへそが好きだから!」
とかなんとか答えたかもしれません。
でも「それは何のため?」の答えにはちょっと・・・・。
娘は時々変化球を投げてきます。
もしかしたら、思考言語が日本的じゃないのかもしれません。

「カミナリはおへそを食べると元気になるから」と答えてみましたが・・・。

後で母にその話をすると
『「何のため?」は難題だね』とのこと。

ほんと、子供って面白いです。

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February 11, 2014

知的な才能を主婦業に活かすブログを発見

とあるニュース記事から「ハーバードを出たのに主婦をしている女性」のブログ=harvardhomemaker.comに出会いました。

「Living & Loving the Domestic Life」というサブタイトルのとおり、心理学の専門を活かした(?)日々を楽しくする育児や生活の工夫がたくさん書かれていて、とても面白いのです。

書いているのはアクティブで様々な才能に恵まれた女性ですが、4人の子育ては、本当に大変なことでしょう。でも実用的なことばかりでなく、いかに子供をポジティブに導き、大切なことを忘れずに家族の暮らしを楽しむかが書かれています。

しかも、日本でよく見かけるハウスキーピング術とちがって、ある意味アバウトでポイントを押さえればOK!な姿勢に癒されます。片付けも、できない家族に不満がでるような方法ではなく、親子楽しく一緒に生活術ばかりか人間力までもが身につけられるような視点が多いのです。体裁の整った生活するためではなくて、大切なことに時間をかけるために無駄な手間暇は省きましょうということなのだと思います。

ハーバードを出ているのに「専業主婦」であることに対する異論の声に対しては、自分と家族にとって正しいと感じる道を選ぶことの重要性や、人生のステージに合わせて働き方や生き方を柔軟に考える自分を評価する姿勢に共感します。

私自身も、いったんは博士号を活かした仕事につきながら専業主婦になったことに対し、本当にそれで良いのかという思いが全くないわけではありませんが、主婦になった理由は彼女と同じものでした。でも人からその部分を突かれると、どうも申し訳ない気持ちになるのです。退職の際には周囲からは私の価値観が理解してもらえなかったり、昔の上司の方から再びお誘いをいただいた時は、辞退したあともしばらく夢に出てきましたし。。。。

このブログでは、彼女の歴史をすべてをポジティブに活かして考え、主婦業やママ業をも専門化するくらいの勢いに、とてもエネルギーをもらいます。知恵というものはどんな分野であっても活かすことができるのですよね。子供達にとっては、こんなママがいる家庭は最高でしょう。

英語のサイトですが、写真やグラフィックもアクティブで工夫されているので、タイトルと写真を見るだけでも楽しめます。もちろん、生き生きとした文は追いかけるのも楽しく、英語の勉強にも役立ちます!

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January 30, 2014

ちょっとすてきなイタリアの童謡

ci-vuole-un-fiore




偶然テレビで知って以来、我が家のお気に入りになったイタリアの童謡があります。
イタリアでは子供の頃に誰もが聞いて育った有名な童謡らしいのですが、
なかなか奥深い歌詞と楽しいメロディーに、とてもイタリアらしさがあります。
定冠詞と不定冠詞の使い分けのあたりも、意味深いものがありますね。

うちの娘もあっという間に歌詞を覚えてしまい、毎日歌うようになりました。
歌の力、イタリア語の魅力を改めて感じてしまいました。




Ci vuole un fioreより抜粋

Gianni Rodari
作詞 parola Sergio Endrigo, Luis Enriquez Bacalov
作曲 musica Gianni Rodari
(1974年)

Per fare un tavolo ci vuole il legno
Per fare il legno ci vuole l'albero
Per fare l'albero ci vuole il seme
Per fare il seme ci vuole il frutto
Per fare il frutto ci vuole il fiore
Ci vuole un fiore, ci vuole un fiore
Per fare un tavolo ci vuole un fiore

花は必要

テーブルを作るためには 材木が必要
材木を作るには 木が必要
木のためには 種が必要
種のためには 実が必要
実のためには 花が必要
花は必要 花は必要
テーブルを作るためには 花が必要




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January 11, 2014

日本語の動詞。子供は「て形」から覚える?

幼児の言語習得過程ということを考えていて、日本語初級の難関のひとつに動詞の活用について思い出したことがあります。子供はいとも簡単に動詞の活用を使いこなせるようになってしまうのに、なぜ外国語としての日本語ではこんなに難しいのか。汽ループとか競哀襦璽廚箸、暗記する必要があるのって大変すぎます。そういえば、通常外国人に教える日本語では、動詞は「ます形」から教え始まりますが、子供は「て形」から覚えているようです。母親は頻繁に「ほら、見て」とか、「食べて」と子供に語りかけますよね。子供が発話するようになっても「これ、とって」とか「ママもやって」などなど・・・。これは、子供にとって言葉というものが他者に欲求を伝える必要から始まるからではないかと思います。

私が言語学を学んでいた頃、自分の子供の言語発達についてテープに録音してつぶさに調べた研究者の話を聞きました。そいいう研究もずいぶん蓄積されているだろうと思って調べてみると、これがなかなか難しいものがあるようです。単純に発話の順序や多さを比較することはできても、場面や状況、発話欲求の強さを勘案することが難しいからです。言葉は生き物ですから、そういった状況は重要です。1歳代に興味を覚えたことについて単発で発することばと、3歳頃に強烈な自我の目覚めによって強く相手に意思を伝えるために繰り返し言う言葉では、単純に同じ発達線上にのせて考えることはできないと思います。

個人的な印象では、言語発達の早い子と遅い子には、性格にも違いがあります。やはり自己表現の要求の強い子やリーダーシップのある子は言語の発達が早いです。一方、大人しく従順な性格の子は発話自体も少なめです。うちの娘は5歳ですが、クラスメイトを見渡すと、5歳の言語発達には既に大きな差があることがわかります。むしろ大きくなってからは必要な場面で必要なことだけを話すようになるので、自由気ままな幼稚園児では差が大きいのかもしれません。もしも言語学者だったら・・・、子供の観察は面白すぎるに違いありません。

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驚異的なベルリッツメソッド

大学で偶然ドイツ語の成績がよかった私は、実は最初ドイツ留学を考えていました。ところが、私の好きなドイツ人の作家や芸術家が口を揃えてイタリアへの憧れを書き残しているのをみて、当時大学院で建築史を学んでいた私もイタリアに行先を変えました。思い立ったのは秋、次の春にイタリア政府奨学生試験を受けることにしました。

6ヶ月で試験に受かるため、ベルリッツに通いながら猛勉強。研究室の大きなシンポジウムの手伝いや修士論文の作成と並行して勉強したため、その冬は睡眠時間2、3時間という日が続きました。結果、なんとか試験に受かり、8月からイタリアのミラノ工科大学に留学しました。

8月にイタリアに向かう飛行機のなかでは、隣に座ったイタリア人のおじさんと11時間会話が弾みましたし、現地でも生活で困ることは感じませんでしたから、使えるイタリア語が短時間で身に付いたのは確かなようでした。

なぜたった6ヶ月でイタリア語が覚えられたのか。それはもちろん、目的意識と集中して勉強したことに加えて、イタリア語と相性がよかったということもあるでしょう。でも、私がはっきり感じたのは、ベルリッツの教授法の良さです。たった一回のレッスンで、確実に話せることが増えるのを実感するのです。

ベルリッツメソッドは、幼児が言葉を覚えるように言語を教える直接法によるナチュラルメソッドの一つですが、長いこと日本的な語学学習の癖がついた私には目からウロコでした。

先生はほとんど何も教材も媒介語を使わず、口と簡単なメモ書きだけでレッスンが進行します。まずは幹となる文法と文型をリピートし、次はその文型を使って、生徒が先生に質問を投げなければなりません。最初は難しく大変な集中力を要しますが、先生はよくトレーニングされていて、順次枝葉を広げられるように指導してくれます。この間、先生ももちろん教科書も教案も見ません。最初から最後まで、お互いに目を見て口頭ですすめるのです。これは教師の側に大変な能力が要求されますが、生徒にとっては、教室を出たときから文法や文型が使いこなせるようになるほど効果大なのです。

このような教授法では、最近流行しているコーチングの訓練がとても効果的ではないかと思います。コーチングでは、本人が自然に習得する力を支援するのだそうてす。まさに幼児が自然に言葉を覚えるように語学を身につけるというアイディアと共通します。

また、どの順序でどの項目を叩き込むかということも重要です。まずその言語を使いこなす上で幹となる要素から教えるからです。イタリア語でいえば、基本的な語順と前置詞、イタリア語的な表現の要となるセンスのようなものから教え込んでいくのです。

では日本語に翻って考えてみると、日本語的なセンスを身につけるために必要な幹となる要素は何なのか・・・。ベルリッツでは日本語も開設しているので調べてみたのですが、まだ具体的な内容を入手することができませんでした。でも、ナチュラルメソッドの視点から、日本語の教え方について勉強してみることはとても意味があることではないかと思っています。

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日本語教育はとても日本人的・・・?

昨年来、日本語教育について勉強すればするほど、難しさや奥の深さを感じる日々。
今では、教材もたくさん出版されているし、ネット上にも経験豊かな日本語教師の方々が自らの教案や体験談をたくさん載せてくださっている。もちろん英語ほどではないかもしれないけれど、私が勉強してきた様々なマイナー言語と比べれば、その情報量の多さに驚かされます。日本語ネイティブなのに、知れば知るほど難しく感じる日本語教授法の数々・・・・

私は大学で言語学を学び、これまで様々な言語を様々な教授法で勉強したことがあります。その自分の経験と比べると、なんというか日本語の教え方の多くは、なんとも丁寧で細かく、とても日本人的という気がします。まるで、日本人の英語の勉強の仕方をそのまま日本語教育にあてはめた考え方。文字、単語、文法を基礎から積み上げ、機会練習を繰り返し・・・  文法の教授順序は綿密に研究されていて、混乱するからという理由で初級では触れてはいけない項目がいろいろとある・・・

実はうちの主人は日本語が大変流暢ですが、日本語学校で学んだ経験はありません。大学留学時に2ヶ月間、大学で留学生用の日本語コースを受けただけです。英語も上手なので、もともと語学のセンスはあるのだとは思います。

私が今まで勉強した言語は、途中で挫折を含めて10カ国語以上(英語、中国語、ドイツ語、ギリシャ語、ラテン語、ヘブライ語イタリア語、トルコ語、フランス語、ペルシャ語、インドネシア語、ミャンマー語)あります。仕事で行かなければならないために急遽勉強して挫折したものもありますが、中国語とドイツ語は大学の外国語講座で集3コマ、文法、音声、会話などの標準的な授業を受けました。一番長いのはもちろん英語ですが、学校で学んだ頃はあまり身につかず、国際関係の仕事で使うようになってから上達し、今も毎日独学で勉強を続けています。一番短時間で効果があったのは、ベルリッツで習ったイタリア語でした。短時間で使いこなせるようになる指導法は、教師の腕がいいということもあるのですが、幼児が言葉を覚えるように言語を身につけるという直接法によるナチュラル・メソッドに分類されるベルリッツ・メソッドの実力を実感したことをよく覚えています。

翻って日本語教育の世界をみると、日本人が英語を学ぶように長時間の努力が必要でありながら、すぐに使いこなせるようになるのが難しいように感じます。これはなんだかもったいないことではないか。日本語ならではの問題なのか。それとも工夫の余地はあるのか。。。このモヤモヤを乗り越えるため、ますます日本語教育方法の探求に勤しみたいと思います。




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December 21, 2013

独学で日本語教育能力検定試験に合格!

日本語教師の知識をはかる試験として、日本語教育能力検定試験があります。

昨年、ボランティアで日本語を教え始めてから、独学で勉強をしていましたが、10月に初めて受けた試験の合格通知が届きました。独学主婦の一発合格率は高くないようだったので自信がなかったため、とても驚きました。

普通は420時間の養成講座を受講するようですが、一応、大学では言語学専攻だったため、全く初めての用語ばかりではなかったことと、時間とお金の節約を考えて独学にしました。そういえば国語の一種教免もとってはいました。(もう20年近くも前ですが)

勉強方法はシンプルで、420時間の講座で有名な会社が出している分厚いテキストを2度通読、過去問を3年分解いただけです。専門用語は最初ネットで調べていましたが、独特のカタカナ用語に閉口して、結局、用語集を一冊買いました。

最新の統計や外国人政策については、ひたすらネットサーフィンで対応しました。意外とこれが役立ったと感じます。また、昔書いた卒論が音声学絡みだったことや、普段から主人の外国人日本語に聞き慣れていたため、ヒヤリングの問題がわりと得意だったことも幸いしたかもしれません。

合格とはいえ、日本語教師としての経験はこれからなので、やっとスタート地点に立てたということ。外国語として日本語を教えるというのは、母国語でも本当に難しく奥が深いものだと感じる日々です。

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July 31, 2013

語学習得の臨界期

パトリシア・クールによるTEDプレゼン「赤ちゃんは言語の天才」

赤ちゃんの言語習得の特徴について、最新の脳科学に基づいて紹介するということで、楽しみにしていました。

一番関心あるところはやはり脳の臨界期について。おおよそ7歳ころを境に、言語の習得能力曲線が大きく下降し始めるそうです。これは、20年前に私が言語学を学習していたころに習った記憶とほぼ同じ見解です。

新鮮だったのは、子供には音声の聞き分けについて脳内で統計処理を行うことで母語を身に着けていくらしいということ。LとRのような、母語話者以外には見分けにくい音声の聞き分けについて、その能力に差がつきはじめるのが生後6−8か月から10−12か月の間だという実験結果がありました。そしてこの統計処理は、第二言語についても行えるらしいとのことで、英語と並行して生の中国語も聞かせた子供は、母語話者とおなじような聞き分け能力の発達がみられたそうです。

1歳までに母語の音声学的な聞き分けができるらしいということは、これまでにも言われれてきましたが、最新の脳科学の研究によって、より科学的な裏付けが積み上げられてきているということなのだと思います。

母親と父親の母語が異なる場合、赤ちゃんのころから両言語を聞くことでバイリンガルになりやすいわけですが、そうでない家庭の場合、習得したい言語のベビーシッターを頼むことが近道なのでしょうか。将来、そんな語学教育ビジネスも盛んになりそうな気がします。

ちなみに我が家では、パパがミャンマー語で話しかけをしてこなかったので、ミャンマー語はまったくの外国語。幼稚園が英語な分、今のところ日本語>英語>ミャンマー語です。来年あたりミャンマーに移住すれば、臨界期には間に合うか・・・?



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July 21, 2013

幼児期に複数の言語を習得すること

娘は日本語、英語、ミャンマー語に囲まれた環境です。とりたてて教育熱心な親なわけではなく、父母それぞれの母国語と、どうしても相対的に不足しがちなミャンマー語でのコミュニケーションの不都合を考えて、親戚間での共通言語としてやっぱり英語は必要という考えからです。かつてイギリス統治下にあっただけあって、ミャンマー人の英語力はだいぶ発達していますし、アメリカに住む娘のいとこは英語しか話せません。

こうした幼児の複数言語の習得について、かえって混乱して言語の発達が遅れるという説があり、私もよくそのことを聞かれます。現在のところ、私の答えとしては、「子供による」ということです。

私の娘は、かなりおしゃべりなので、母国語としての日本語はすでに流暢ですし、英語への切り替えもスムーズです。ほかの子と比べて相対的に発話数が多く、話したい、という欲求が言語の壁を乗り越えているように見えます。つまり、相手が英語しかわからなければ英語で話すことが自然にできるようになってきました。これはインターナショナルスクールで英語しかわからない友達とも遊びたいということが大きなモチベーションになっているのだと思います。(娘が大好きなのは、英語しか話せないインド人のT君です!)

私がイタリア語を好きなことを知っていて、時々これはイタリア語で何ていうの?と聞いてきます。一応答えてはあげますが、さすがに多言語すぎはどうかな??と思い、優先的に身に着けさせたい言葉以外のインプットは控えるようにしています。まあ、彼女の場合、たまたま言葉というものが好きなのでしょう。

パパとは日本語でも英語でもOKです。ミャンマーに行けば、ミャンマー語を駆使しようとしています。単語レベルでいうと、英語しかわからない単語と日本語でしか覚えていない単語があるので、ときどきミックスしていますが、あくまでもボキャブラリーレベルの問題なので、これはやがて語彙が増えるとともに解消されてゆくでしょう。

4歳くらいですと、母国語だけに限っても、言語の発達には大きな個人差があります。実際、まだ上手に話せない子も少なくなく、その場合には子供がきちんと言葉を理解できているのか、まだ確認することさえ難しい場合があります。そういう子の場合、複数言語を学習させていると、そのせいで混乱が生じていると思われることがあるでしょう。

言語学では、母国語の形成期は2歳から12歳ころの間とされ、その時期をクリティカルピリオドとか、センシティブピリオドといいます。たとえ上手に話せなくても、脳に蓄積された言語能力があとで開花してくることもあるでしょうから、まだ観察が必要なのだと思います。本人がおとなしくて人とのコミュニケーションが苦手な性格であるとか、第2言語に触れる機会が極端に少ないために、その学習が負担になっているようであれば、無理させないほうがよいのではないかと思います。つまり、言語だけに限ったことではありませんが、親が子供の関心をよく見極め、タイミングを上手にはかってあげることが重要なのではないでしょうか。



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日本語を教えたい

もうすぐ5歳になる娘は、インターナショナルスクールの幼稚園に通っているため、授業は英語で、もちろん習う文字はアルファベットばかり。でも言葉に関心が強い性格のためか、家ではひらがなやカタカナの練習も自分でやりたがるようになりました。私からやりなさい、ということはありませんが、気づくと勝手に文字の練習をしていて、幼児向けドリルがすぐに終わってしまいます。でもあまり放任しすぎたためか、書き順がめちゃくちゃ。やっぱり少しは一緒に見てあげないと変な癖がついてしまいそうです。

時々、パパも娘に絵本を読んであげたり、文字の練習を見てあげています。が、パパの日本語もネイティブではないので、時々二人が日本語に苦戦しているらしき会話を聞いていて、私はクスッと笑ってしまいます。娘はたまにはミャンマー語の文字も練習したがるようになってきました。こちらはパパに丸投げで、私には手伝える余地はありません。

娘の日本語練習をみているうちに、久しぶりに子供の言語獲得について考え始めました。実はおよそ20年前、私が大学で最初に学んだのは言語学だったのです。結局大学院からは芸術学に行き、言語学とは縁がなくなっていた私ですが、人間と言葉の間の不思議な関係について考えることが、結構面白かったのを思い出しました。

そこで、娘と主人への日本語教育にも役立つかもとの、という思いから、日本語教育について学びなおして、外国人に日本語を教えるボランティアを始めることにしました。将来、ミャンマーやどこかほかの国に主人が転勤しても役立つかもしれないという考えもあります。私自身、実はこれまでに10か国語ほど手を出した経験がありますし、海外に住んだ経験もあります。ほとんどの言葉は身についていませんが、文法体系を知っていたり、様々な種類の教授法を受けた経験があることは大いに参考になります。そして何より、学習者の気持ちがよくわかるという点だけには自信があります。

昨年来、近隣の市の国際交流協会で実施している日本語講師向けのセミナーに参加したり、日本語教育者用の本を買い込んで、目下勉強の日々です。現在、地元のボランティアに所属して、初級者グループレッスンや、個人指導を週3日ほど行っています。気が付くと、毎日日本語のことばかり考えるようになりました。

不思議なもので、日本語の文法の身に着け方には3種類あります。一つは私たちネイティブが国語の時間に習った国文法。本格的に勉強するのは中学か高校生のころで、それまで何気なく話していた日本語に、こんな規則があったのか、と驚いたものです。そして、外国人が外国語として学ぶ日本語文法。これは、品詞の分け方や動詞、形容詞の変化規則など、いろいろな点でネイティブ向けの文法学習とは異なるアイディアで教えるのが主流です。
そして3つ目は、幼児が自然におぼえる日本語。誰に文法を教わることもなく勝手に身につきます。

幼児の日本語の身に着け方は、まさに今が観察のチャンス!気づいたことを忘れないためにも、これからここに書いていけたらと思っています。




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May 27, 2013

ミャンマーの童謡の本

ミャンマー語の教材や絵本とあわせて探していたのが童謡の本です。
外国人にも分かりやすい、歌いやすい本がありました!
私が今回一番気に入った1冊です。

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中には、ミャンマー語と、英語の説明、西洋式の楽譜など、なかなか充実。
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旅の途中、主人がこれを見ながら歌うと、子供ではなく大人達にも大ウケでした。

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娘のミャンマー語教材

先日のミャンマーでは、娘のミャンマー語の勉強に使える教材も探しました。
欲しかったのは現地の幼稚園児がミャンマー語を練習するような本です。
メティッラーではちゃんとした本屋さんがないので、マンダレーにていくつかゲット。

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ミャンマー語の文字を練習するノートや、絵本、ワークブック、
ミャンマー語、中国語、英語の単語をあわせて表示した絵辞典など。

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ミャンマー語の文字表

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ボタンを押すと、ミャンマー語、中国語、英語の単語を発音してくれる学習シート。

中国系のメーカーがいろいろと教材を発売しているみたいです。
音の出る教材は子供の興味をひきやすく、楽しく自然に覚えられるのは
世界共通なのでしょうね。

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November 23, 2012

娘のミャンマー語レッスン

我が家は家での会話は日本語です。
インターナショナル・プレキンダーに通う娘は、幼稚園では英語が公用語で、普段全くミャンマー語に縁がない状態。これでは今度ミャンマーに行っても親戚とコミュニケーションがとれないので、そろそろミャンマー語のケアをしようということになりました。

昨年ミャンマーに行ったときは、まだおしゃべりが片言だったので、もともとジェスチャーが大きめの子だったこともあり、語学の問題はさほど大きくなかったのです。

しかも、日本に留学経験のある主人の妹の日本語が流暢なので、ついつい日本語で事足りてしまうということもありました。

でも4歳の娘は何事もよく吸収できる大切な時期。そろそろミャンマー語も親しませなくては…

主人が娘とミャンマー語で話せばいいようなものなのですが、外資系企業で働く彼は昼間は英語、家にかえれば私とは日本語なので、ミャンマー語もとなると、毎日3ヶ国語を使うのは煩わしいというのです。しかも、もともと人に教えるのが苦手で子どもには甘いので無理なんだとか。

ということで、とりあえず、次回のミャンマー行きまで知り合いの子ども好きなミャンマー人留学生に家庭教師を頼むことになりました。

片親がミャンマー人なのに不思議な話ですが、知り合いには、両親ともミャンマー人なのに子供達は日本語しか話せない家庭もあります。やはり、子供の語学習得には、住んでいる土地の影響が一番で、あとは親の努力次第というところなのでしょうか。

幸い、先生になってくれる方との相性はバッチリで、娘も初日からとても懐いています。これからの娘のミャンマー語習得状態が楽しみですが、私も一緒に復習したいところです。



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