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支援活動

February 03, 2014

五嶋みどりさんとミャンマー

世界的なバイオリン奏者の五嶋みどりさんが、昨年はミャンマーで子供達にバイオリンと触れ合うイベントを行ったこそうです。
http://www.gotomidori.com/japan/year_in_pics13.html

少女時代からの不屈のエピソードがアメリカの教科書にも載った天才バイオリニストとして有名な方ですが、自身のみどり教育財団などの活動を通して、世界の子供達に音楽を通じた教育を提供する活動でも有名です。

五嶋みどりさんのの音色はピュアなのに逞しくて哲学的で、私にとっては、学生時代に大学オケでバイオリンを始めたときからの憧れの方でした。特に低い音色の深さが好きで、とくに悩み事や考え事があるときに、みどりさんの音楽に耳を傾けることが多かったのです。

昨年私はメニエール病のせいで低い音の聴力が落ちてしまったのですが、五嶋みどりさんの生演奏を聞いていないことがとても心残りでした。アメリカに拠点をおき、演奏やチャリティ活動で世界を飛び回っているみどりさんは、日本での一般向けコンサートは多くはありません。昨年は、8月に岩手でのコンサートが唯一と知り、遠くはありましたが念願の生演奏を聞きに行くことができました。

とても小柄な体から溢れる優しくも力強い音楽に、久しぶりに心が動かされ、時がたつのを忘れて聞き入りました。私にとっての個人的な歴史が、彼女の音楽を聞いてきた日々の思い出と交わり、熱いものが込み上げたのでした。

音楽には本当に不思議な力があると思います。ミャンマーではまだ一般人がバイオリンのような西洋音楽や楽器と直接触れ合う機会は限られていますから、みどりさんの活動は、子供達に大きなインパクトを与えたことでしょう。

みどりさんがどれほど有名な演奏家であるのかを知らなくても、音楽のジャンルや国境を越えて、心のある生の音楽との出会いは、子供たちに感動の芽を開かせることになっただろうと思います。

そして、みどりさんのように、自分のもてる力を世界のために社会のために貢献している人を見ると、では自分には何ができるのだろうと考えさせられます。

そして、つい先日、五嶋みどりさんがソリストとして参加した「パウル・ヒンデミット作品集」が
第56回グラミー賞 最優秀クラシック・コンペンディアム賞を受賞しました!

歳を重ねるごとに人としての内面からの美しさが増してゆくみどりさんに、これからも目が離せません。


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January 23, 2011

ひと月10万円で300人の子供が学校に行ける

先日、ミャンマー人のお坊さんから、とても考えさせられるお話を伺う機会がありました。

このお坊さん、現在は日本に住むミャンマー人のために単身赴任で来日されていますが、ミャンマーのお寺では、親のない子や貧しい子供のための養護学校のようなものを営んでいるそうです。そこでは、現在300人以上の子供を受け入れているのだそうですが、この生徒たちのお昼ご飯と教科書や文房具代、そして指導に当たる先生10名ほどの人件費とあわせて、ひと月に10万円くらいかかるのだそう。寄附でまかなわれていますが、運営は厳しいとのことでした。

日本では、一家庭でも子供に月10万円くらいかかってしまいます。同じお金で、ミャンマーの300人以上の子供と先生のための学校の経費が賄えるのです。私たち夫婦も、今度ミャンマーに行ったら、実際にその学校を見て寄付してきたいと考えています。と同時に、他にも社会の役に立ちたいと考えている個人や企業に、そういった現状を知ってもらい、何か行動に移すことができないだろうか、とも考えています。

今日は、駒崎弘樹さんの『「社会を変える」お金の使い方−投票としての寄附 投資としての寄附』を読みながら、一段と行動することへの勇気をいただいたのでした。行動の方法や形には様々な可能性がありますから、しばらく模索することになるでしょうけれど、一歩踏み出してみることが重要なのだと思います。

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January 11, 2011

ミャンマーの小学校に清潔なトイレを作りたい

Gakkou昨年ミャンマーの主人の実家に行ったとき、1歳半の娘をつれて、主人の母校の小学校に遊びにいきました。

木と竹を編んだ壁にとたん屋根をかけた、平屋造りの校舎のその学校は、よく日本で見る、いかにも東南アジアの貧しい学校、という風情です。でも木々に囲まれた自然いっぱいの環境は、子供にとって何よりの楽しい学び場に違いなく、まじめで優しい先生たちの雰囲気と相まって、羨ましいくらいのびのびとしていました。

久しぶりの学校で、懐かしい先生と談笑した主人は、この学校を誇らしげに私に案内してくれました。珍しい外国人訪問者を前に、たくさんの子供たちも控えめな笑みを見せながら出迎えてくれました。

ちょうど竹でできた校舎の脇には、レンガを積んだ新しい校舎を建てる工事が始まっていました。わずかばかりの寄附をするつもりで訪れていた私達は、校長先生と相談して、そのお金は新校舎の窓にガラスを入れるために役立ててもらうことになりました。

あれから1年近くたった最近のこと。
「子供たちに衛生的なトイレをつくってあげたい」
と主人が言い出しました。あの小学校訪問の時、校長先生がトイレの問題を話していたらしいのです。今のトイレは、地面に穴を掘って埋めるだけのボットントイレで、とても不衛生な状況なのだそうです。せめて新校舎建設を機にタンク式の手動水洗トイレにしたいのだが、そのためには日本円で80万円くらいかかるのだとか。

それはコンクリート製の巨大なタンクを地下に埋め、5年後とか、10年後に薬剤を入れて処理し、土にかえす、を繰り返して使うのだそう。汲み取り式ともちがうこのトイレ、実物を見ていない私にはちょっと理解しにくいのですが、主人の実家があるメティッラーでは多くの家庭が採用しているタイプのものなのだそう。主人の実家ではその工事に3、40万円くらいかかった(10年用)というから、学校でその値段というのは容量は大丈夫なのだろうか・・・・?

具体的な形はともかくとして、母校の後輩にせめて清潔なトイレを、と願う気持ちはとてもよくわかる。一般的に海外から途上国を支援したいと思っても、必要なことが膨大すぎて、何から手をつけたら良いのか、個人レベルでできることは何か、いつも悩んでしまう。できれば目に見える形で身近なところから支援したいと願う私達は、この小学校のトイレの改善を実現させようではないか、ということになった。

ニューヨークに住む姉も、そしてミャンマーに住む他の兄弟も、やりくりして少しずつ出資したいと言っている。いや、メティッラーで米屋を継いだ姉は、足りない分全部自分が払いたいという勢いだ。それなら、実現は不可能ではないだろう。

ミャンマーではこのように、学校や寺院の改修工事が寄付で賄われることが少なくないのだという。地元政府が何とかするべきインフラの問題のように見えるけれど、電気は二日おき、ガスはなし、水道は井戸水、という町では、公共事業に期待していたら、何十年先になるかわかりません。

でも、ふと思うのです。こうやって、少数の個人が自腹で出資して一つ解決したとしても、それでいいのだろうか。解決されるべき更なる課題はたくさんあるわけで・・・。

一方で、先進国には、誰かの役にたちたい、とか社会貢献したいが具体的な成果が見えないもどかしさを訴える個人や企業もたくさんいる。そういうギャップを埋める橋渡しの活動ができたら、それは兄弟でお金を出し合って、ひとつの小学校のトイレを改善するだけではない、もっと大きなものが生まれるのではないか。

学校の問題、トイレの問題や、水の問題は、世界の途上国あちこちで叫ばれている古典的ともいえる問題で、多くのNGOやボランティアがすでに取り組んでいるはず。私達も少し勉強して、母校のトイレという具体的な対象を手掛かりに、個人の枠を超えた支援の形を模索してみたいと考えている。





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October 13, 2009

ミャンマー紹介のイベント「祈りとほほえみのふるさと、ミャンマー」

来る11月7日、主人のタン・ティン・アオンがミャンマーの生活と文化を紹介することになりました。ふだんあまり日本で知られていない、ミャンマーの日常の姿をたくさんのスライドなどで紹介します。休憩時間には、ミャンマーのお茶とおつまみも楽しんでいただく予定です。
詳しくはこちら(
柏市国際交流協会)まで。

柏市国際交流協会:フレンドシップタイム
「祈りとほほえみのふるさと、ミャンマー」

日時:11月7日(土)14:00〜16:00
場所:柏市中央公民館4F会議室2
講師:タン・ティン・アォン
内容: 1500年変わらず生活に密着する仏教とミャンマーの人々の心、歴史、文化などについて
費用:会員300円、非会員500円
申し込み:11月5日(木)までに柏市国際交流協会事務局へ
Tel: 04-7144-1300 Fax: 04-7144-3020
URL:http://www.kira-kira.jp/index.html


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September 02, 2009

フェアトレード、現地人から見ればフェアじゃないデザイン?

先日、フェアトレードショップでミャンマー産のシルクのスカーフを購入してきた。かなり張りのあるこげ茶の縦糸に、細いグレーの横糸で織られており、透け感があるのに、しっかりとしていて、デザインも洗練されている。デザインを日本の方が指導し、現地の織物学校で作られたものだという。

最近、フェアトレードについての本や情報をよく集めていた私は、ミャンマー製にしてはとてもモダンなデザインにウキウキしながら、夫とフェアトレードの可能性について話してみると・・・いろいろと現地人側からの意見が。

いろいろあるが、一番議論になったのは、各地のフェアトレード商品全般で主流となっている、先進国の人が先進国の人向けにデザインした商品はフェアじゃないのでは、ということ。

このデザインじゃ売れないから・・・と、海外で売るためといって、現地の人だったら絶対に使わないデザインのものを作らせていることに、そしてお金をもらえるからという理由でそれに従っている現地の人に、フェアじゃないものを感じる現地人は少なくないという。

フェアトレードのポリシーとして、現地で廃れかかっている伝統的な文化の継承を目指して・・・云々ということもよく聞かれるが、現地での伝統的なデザインだって廃れてはいけないのではないか。

経済的な面に着目して、技術者の確保や関係者の自立支援を促すというフェアトレードの一つの目的は、私は全く賛成で、できれば自分も支援していきたいと考えている。しかし、対象国出身者の目線はそうでもない、ということが私にとっては新鮮だった。客観的な提案に反感がもたれるのは、ときに無知による場合もあるが、独自のやり方に高い誇りをもっているため、ということも見落としてはならないと思う。文化であってビジネスではない場合である。そういう国際的な理念との軋轢は、私がかかわっていた文化財の保存の場合にもよくあった難しい問題である。

そもそも、必要だから作っていたはずのものが廃れかかること自体、現地における市場原理も働いている。そこにはデザイン以外の問題もあるのだから。そこに売れるものを作る、という資本主義的な働きかけをすると、どうしても市場は外国人向けになる。実際に地元の人には必要ない、欲しいと思えないものである場合が多い。将来的には現地の人に活動を継承してもらって・・・とまでいうのだが、それは本当に先進国の側からの見方にすぎないことも事実だろう。

ちなみに、夫が抱く反感は、ガイジンによるガイジンしか買えないデザイン、それを社会的な事業として讃える最近の風潮に対しての模様。外国人がデザインしている場合には、なにもフェアだの社会貢献を全面に出さず、普通に新しいビジネス、というのなら何の抵抗もないのだそうで。

でもフェアトレードという言葉には、アンフェアな国際企業の労働条件下に苦しむ現地人がいることや、途上国の生産者の現状について、関心のない人にも考えてもらおうというのが本来の趣旨なのだから、とても意味がある。ただ、その言葉自体が、先進国側からの概念であることは間違いなく、現地のひとが’フェア’という言葉に、彼らの個性を認めること、を求め、ときにそれが裏切られていると感じるのも無視できないことだと思う。


myitta at 03:26|PermalinkComments(0)TrackBack(0)