MYITTAの工房

日々のくらしや手作り、ときどきミャンマー

カテゴリ: ミャンマーへの旅

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日本に帰って半年になる我が家のワンちゃん、コロリン。
春の抜け毛の多さで気づいたのですが、この子がこんなにモコモコになって冬を過ごしたのを初めて見ました。
ミャンマーではこんなに抜け毛が気にならなかったし、そもそもこんなにモコモコの冬毛になったことはなかったはず。
ミャンマーに渡ったときは1歳すぎくらいだったため、まだ体がフレキシブルで、暑さに耐える環境に適応していたのでしょうか。
そして帰国が秋だったために、冬に向けて久しぶりの寒さの反動で、これまでになく冬毛になる潜在能力が全開になったのでしょうか。
獣医さんに聞かないとその辺のメカニズムは定かではありませんが、気温にあわせて適応したのかもしれません。
ミャンマーで見かける野生の犬はもちろんほとんと毛がないタイプでした。

みんなから大きくなったねと言われるくらい冬毛がすごかったコロリンですが、ついでに体重も2、3キロ増えていることが判明。帰国したら大き
くなった?日本は暑くない分、太ったのでしょうか?

考えてみれば、ドッグシェルターから我が家に来て、ミャンマー駐在も経験し、なかなか激動の犬生を送っているコロリンです。

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そういえば、我が家のワンちゃんは、家族の帰国から数ヶ月遅れての帰国となりました。
血液検査後、180日経過しないと入国できないためです。

採血はたしか、二回目の狂犬病予防接種の2週間後だったので、トータルで帰国の準備を始めてから8ヶ月かかったことになります。

詳しくは、成田などの動物検疫所とメールでやりとりしながら進めましたが、大変だったのは血液検査と、帰国直前の書類の確認作業でした。

血液検査はミャンマー国内では認定機関がないので、ミャンマーの検疫所で採血し、獣医師のサインや証明書類を発行してもらい、日本の検査機関に送るのですが、説明ではクール便で・・・と。ミャンマーにあるはずもないので、そういう場合は保冷剤を入れて検査に送ります。

検査の結果、無事に証明書が返送されてから、180日間の待機開始です。我が家では、仕事や学校の都合で家族が先に帰国しなければならなかったため、ワンちゃんと仲が良かったヤンゴンの親戚宅で預かってもらいました。

最後はワンちゃんの帰国の40日前までに、成田の動物検疫所に連絡し、犬の輸入申請や、ミャンマー側からの輸出証明書類の事前確認もしてもらいます。

出国一週間前の獣医師による健康診断などは、主人がミャンマーに犬を迎えに行ってから行い、日本側と書類の確認のやりとりをしましたが、書類の日付や、間違いが多くて何度も作り直し、そのたびに主人が何度もヤンゴンの動物検疫所に行き、とても大変でした。

獣医師の証明を動物検疫所に提出してハンコをもらい、政府の証明済とするのがスジなわけですが、ヤンゴンの検疫所では隣の席の獣医師にサインをもらうため、医師がトイレやお茶に行ってたりすると、先に政府印が押されて放置され、後日獣医師のサイン、と日付の順番が逆になったり、訂正の趣旨が伝わらなかったりしたのです。

最後になってから、狂犬病予防接種が一回分しか記載されてなかったことがわかり、また差し戻しになったり。日付の修正が線を引いただけだったり、、、

こちらがしっかり見張りながら書類を回さないと二度手間、三度手間がかかります!

日本人は細かすぎる!ミャンマー人はいい加減すぎ!とやり合いました〜

まあ、行きと違い、帰りは直行便に乗れたし、無事に終わって良かったです。

お帰りコロりん!

実に久しぶりのブログ更新となります!
我ながら時の経つのの速さに驚いています。

あっという間に飛び去った1年の間に、
ミャンマーではいろいろ、いや本当にいろいろなことを経験し、
主人の仕事がまた日本ベースとなり、家族で日本に帰国、
今月になってようやく犬の帰国も完了し、やっと落ち着いた今日この頃です。

また少しずつ、ミャンマーでの心に残るあれこれを書きながら、
最近も続けている手作りの話題などを書きたいと思います。
そしてリクエストの多い犬の帰国の手続きについても。

この1年の間、ミャンマーでは新政権がスタートし、世界の注目や報道も
変化がみられるように感じます。
去年までは日本の番組でも誇張や期待が先行していた気がしますが、
最近はやや落ち着き、もっと現実を突きつける冷静な味方が聞こえてくるようになりました。
まだまだ、長い長い上り坂です。

日本の今年の夏は台風とともにあっという間に過ぎ行き、
季節の変わり目を迎えています。
前は当たり前すぎて気付かなかった季節の移ろいの素晴らしさというものが
とても愛おしく感じられる今年です。

万年常夏の国では、秋を迎えるという空気は想像すらできないものだから。

お月見にハロウィンにクリスマス・・・
日本の若干商業主義的な季節感に前は呆れていましたが
移ろうものだからこそ、その時々を楽しむということのありがたさ、
そして平和だからこそのこの日々に、感謝の気持ちが湧いてきます。
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先月デング熱にかかった際、先生からこちらの蚊除けのほうが効果があると教えていただき、スプレーやクリームをいろいろ試してみました。実はそれまで、薬類はほぼ日本から持参したものを使っていたのです。

容器に表示されている虫除け成分のDEET濃度をみると、確かに日本から持参した虫除けスプレーがDEET6%とか8%程度なのに対し、ミャンマーで売られている虫除けは、スプレーでもDEER12%が主流のようです。日本で定められた市販の製剤は12%までとのことなので、一応安全な範囲内なのだと思います。

もともと、虫除けや日焼け止めなど肌に何かをつけるとベタベタした感じになるのが苦手で、匂いが強いのもイマイチでした。

そんな私が、使用感や爽やかな香りで気に入ったのが写真の3種類です。

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左のはミャンマー製スプレータイプで、微かな香りとサラッとしたつけ心地。DEET12.5%、80mlで1000チャットもしません。クリームタイプもあります。

右2つはタイ製のクリームタイプで、真ん中のほうは柔らかなカモミールの香りの敏感肌用。右側のものはラベンダーの香りですが、石鹸のような軽い香りです。クリームタイプにしてはノビが良くて、カバー力があるのに全くベタベタしません。スプレータイプもありますが、気のせいか、クリームのほうが香りがマイルドで、肌のサラサラ感、長持ち感も良好です。

蚊が多い我が家のキッチンでも、全く蚊に刺されなくなり、クリームのほうは半日くらい効果がある印象です。

安くて効果があってつけ心地がいいので、虫除けをつけるのが嫌ではなくなりました。これからは夏に日本に帰るときも必携になりそうです。




先月、ニューヨークに住む義姉が休暇でミャンマーに来ていました。
我が家にも数泊していったのですが、私の家にあるさまざまなモノが気に入って、
ニューヨークの友人へのお土産に自分も購入したいと目を輝かせていました。
もとはヤンゴン大出身ですが、すでに日本とアメリカでの生活が長くて既にアメリカンパスポート所有のお義姉さんは、最近のヤンゴンはぜんぜんわからなくなり、外国人のようなのだそうです。

そんなお義姉さん目線の、ニューヨークの友人に喜ばれそうなミャンマーギフトをご紹介。

.チンあたりのデザインの赤いコットン製テキスタイル。私がボージョーマーケットで2万チャットで購入したもので、ミャンマー人にとってお買い得なのかは不明ですが、お義姉さん「それなら安い!帰る前に何枚か買いたい!」とのこと。しかし結局時間がなくて、うちのものを持って行きました。

▲潺礇鵐沺璽魁璽辧次2罎家で飲んだコーヒーを気に入ってくれたので、お土産用にスーパーで何種類か購入しときました。ミャンマーコーヒーも、いくつかのメーカーがあり好みが分かれますが、コットンの巾着袋に入ったお土産タイプのものが気に入り、たくさん持参。

J厂未竹で編んだゴザ、もう片面がスエードでできた座布団。曰く、「暑い時にはゴザ側、寒いときにはスエード側を使えるスグレモノ!しかもコンパクトで軽い!」と大興奮でガンダマーホールセールにて複数購入も・・・最終的にはニューヨークに持参する荷物に入らず、後で送ることに。

ぁPASHMINA」のストール。スーパーでも4、5000チャット程度から売られているもの。なかなかステキな手触りとデザインだけれど、本当のパシュミナならこの値段はありえないのでは・・・?と警告したものの、ニューヨークは寒いしとか言いつつ、お土産にお手頃なのでたくさん購入していきました。

セ表の入った可愛いスウェード調サンダル。ガンダマーホールセールで3〜4000チャットくらい。私がお土産用に買って忘れていたものを家で見つけて、ほとんど同じデザインのを購入していきました。確かに、スエード調サンダルって、外国ではないかも。しかも、刺繍まで入ってこのお値段。女子に人気なこと請け合い!

Japan Storeで売っている寿司マグネット。これはミャンマーのじゃないから!でもおまけでお土産に持たせてみたら・・・・。何とニューヨーカーに大ウケだったらしく、後から電話で追加発注の依頼がありました。日本土産を、ミャンマー人が、ニューヨークの友人に!?という意外な結末に。

というわけで、これらは日本人にも人気のアイテムばかり。
私も次回リピートしちゃいそうです。

先日ヤンゴン市内で引越しをして、今までよりゆったりした家になりました。我が家は大きめワンちゃんがいるので、庭が広くなったことは大きなメリットです。

ですが、引越してすぐの朝、敷地内に停めていた車のタイヤに黄色い液体が引っ掛けられているのを発見!

これはうちのワンちゃんではなく、オスの仕業!!

すぐに主人に話し、門扉の柵の格子が広めなので、小さい犬が侵入しているのではないかということに。

確かに、うちのワンちゃんは通れませんが、細身の犬なら通り抜けできてしまいそうな幅なのです。前の住人は週末しか住んでいなかったそうなので、この家を縄張りにしているノラ犬がいて、自由に出入りしていたのかもしれません。

そして数日後のこと。

見知らぬ犬がぽつんとうちの駐車場に立っているのを偶然目撃!私を見ると慌てて例の門扉の柵の間から逃げていきました。

うちのワンコはというと、極度の人見知りなので、裏庭に隠れて出てきません。

そしてまた別の日、なんと複数のノラ犬がうちに入り、うちの犬のドッグフードを食べていたのを主人が発見!しかも、ストックのドッグフードの袋まで破いて食べ散らかしていたのです!

主人を見ても動じないので、棒を投げて追いかけると、門扉ではなく脇の高めの柵からも逃げていったそう。信じがたい!

私はというと、実はこの頃デング熱にかかり寝たきりで、体が動かせずに、主人のいたちごっこな話を聞いて歯がゆい思いでした。

主人は外構業者をさがして柵を塞いでもらわなければと毎日言っているけれど、ノラ犬にも優しいミャンマー人はなんだかスローテンポで…

でもドッグフードの話を聞いて怒り心頭に達した私は、辛い体にムチをうって自分で柵を
閉じに動きました。ちょうど、以前網戸用に買っておいた金網があったのを思い出し、園芸バサミで切って柵に留めつけただけなのですが。

これが効果てきめんでした!夕方、複数のノラ犬が門の前で文句を言うようにワンワン吠え立てていましたが、金網を破ってまでは入ってきませんでした。

もう怖くないと悟ったうちのワンコ、門の近くまで出てきて吠えて応戦してました。

ミャンマーのノラ犬、なかなか強気です。そして問題解決&DIYは自分でやるのが早いと、今回も再認識した一件でした。

先日、家を引っ越したり、新しい環境で忙しく免疫が下がっていたのでしょうか、とうとう初めてデング熱に罹ってしまいました。熱帯の洗礼というべきか・・・、噂には聞いていたけれど、まさか自分が!罹って初めて知ったデング熱の基礎知識を経過とともにご紹介。

1日目:その日、朝早くから日帰りでタイに行きましたが、今思えば足を蚊に刺されたところがとても腫れ上がって、これはいやーな予感と思ったのです。ただ、潜伏期間が数日から1週間あるということなので、この時刺されたのが原因ではなさそうです。午後から、腹痛と下痢があり、何度かトイレに行くも、バンコクのショッピングセンターの冷房が強すぎるせいかと気にせず。夜、ヤンゴンの自宅に戻ってから、悪寒を感じて、発熱の予感がし、体温をはかるとこのとき37.0度。すぐに寝る。

2日目:体が重くて熱を測ると38.3度。やはり熱が出たかと思いつつ、最近の溜まった疲れが出た程度に思い、パナドール(熱冷まし)を飲んでそのまま寝て過ごす。下痢はないが、全身だるくて関節が痛く、立ち上がると気持ち悪くてトイレも大変な状況。それにしても、普通のこの程度の熱のときよりも体が重くて関節が痛む。

3日目:この日も38度第半ばから39度代前半の熱が続き、パナドールを飲むが、気分は40度くらいありそうなくらいにだるく、痛くて気持ち悪い。午後、ようやくこれはおかしいと気づき、知人の医師にメールで問い合わせ。初日が下痢のスタートであったことから、細菌性の下痢に由来する熱に効く抗生剤を勧められ、家族に薬局で購入してもらい、飲む。ミャンマーでは抗生剤がスーパーの薬局で買えるらしい。夜、薬が効いたか、熱が下がり始め、37度代後半に。

4日目:熱は37度代に下がったが、依然として体が重く、全身の関節が痛くてトイレ以外には起き上がれず。熱がないのにこの状況なので、知人医師に一旦抗生剤をやめて来院するようすすめられる。あるいはインフルエンザかデング熱かと疑う。デング熱にしては発疹がないのだが、出ないタイプの人もいるのだそう。

5日目:やはり熱は37度代も、症状は同じ。病院で血液検査をしたところ、白血球と血小板の減少が確認され、デング熱陽性と判明。つける薬はなく、血小板が下がりすぎないかの確認をしながら時間がたつのを待つしかないと知らされる。普通は毎日血小板の検査をするらしいが、来院が大変なので2日後に再予約して帰る。ちなみに血小板が急減の場合には、ミャンマーでは輸血機能が不十分なので、タイのバンコクの病院に搬送手続きとなるそう。

6日目:熱37度代、症状は同じ。

7日目:症状は同じだが、手に赤い発疹が出はじめる。病院にて血液検査、血小板は減少傾向にあるが、急ではないのでこのまま様子見になる。発疹は回復傾向に入ったことを示す良いサインと聞かされ、気持ちが前向きになる。初日の下痢のあと便が出ていなかったので、整腸剤と下剤を処方してもらう。夕方、赤い発疹が足や腹部にもひろがり、痒みが出てきて寝付けず。

8日目:熱は平熱に戻るが、まだだるくて起き上がれず、なにより全身に赤い発疹が出てかゆくてじっと寝ていられない。デング熱の発疹の話は聞いたことがあるが、こんなに痒いなんて初耳。病院でも誰も教えてくれなかったけれど、この痒みは眠れないし、熱より辛いと感じる。痒みは普通1週間くらい、長いと1ヶ月かかる人もいることを知り、ショックを受ける。快方に向かっているサインとやらがこんなに辛いとは・・・。トホホ。

9日目:担当の先生が休暇で別の先生に引き継がれており、痒みを訴えて抗ヒスタミン剤を処方してもらう。まだ全身の関節が痛むが、少し起きていられるようになり、ソファで過ごす。痒みに加え、関節のむくみがひどくなる。

1011日目:痒み、関節の痛み、むくみが続く。

12日目:痒みが改善!関節の痛みむくみも残るものの、ゆっくり歩けるように。久しぶりに買い物、夕飯は外食を楽しむ。

13日目:朝は足の関節の痛み、むくみが少し残るが、日中は外出し、ヤンゴン港に停泊中の移動本屋、ロゴス・ホープ号最終日に間に合う。以降、ほぼ通常生活に戻る。

 

というわけで、私がデング熱を患っていたのは約2週間弱というところです。私の場合は重篤なケースではなかったし、熱も短かったので、比較的楽にのりきったと言えるかもしれませんが、症状は非常にケースバイケースなのだそうです。私の場合は、熱がなくても痒くて寝てるしかないのは辛かった。

ちなみに、デング熱には4つの型があり、一旦かかると3ヶ月はどの型のデング熱に対しても耐性ができるそうです。3ヶ月過ぎると、自分がかかった型以外の3種類の型のデング熱にはまたかかる可能性があるのだそう。2度目は重くなるらしいので、今後蚊に刺されないように注意するしかないそうです。

今回は私でよかったけれど、子供だったらと思うと・・・。とにかく、蚊対策を甘く見てはいけませんね。回復してあらためて感じる、普通の健康のありがたさです。

ヤンゴンの英系インターナショナルスクールに転校して4ヶ月の娘。土日も登校したがるくらい学校好きの娘は、この4ヶ月で飛躍的に英語が上達しました。語学は、選択でミャンマー語も週2回勉強しているのですが、さらに外国語として1月からスペイン語が週2回始まったのです。期せずして、日本語とあわせて4ヶ国語を学ぶことになってしまいました。

英語の授業は、基本のphonics やreadingの他に創作的な授業も多くて、宿題や単語テストも6歳とは思えないくらいハイレベル。毎週私も知らない単語が入っています。ネイティブの5、6歳の英語文法力は、日本の大学受験英語レベルだと聞いたことがありますが、話す能力についてはそれ以上かもしれません。

我が家は家庭では日本語と英語(一緒に住んでいるミャンマー人の姪と話すとき)なので、漢字などは家庭学習で頑張る地して、パパがミャンマー人なのでミャンマーに住んでいるあいだにミャンマー語にも親しみたい。でも、スペイン語は必要あるのか・・・?と親は思っていたのですが・・・本人にはスペイン語の授業はとにかく楽しいらしく、驚くべき進歩を遂げています。先生とお話してみると先生のコミュニケーション能力の高さがよくわかりました。私も習ってみたいくらいです。授業の魅力という点で、一般的に真面目すぎる日本語やミャンマー語の型通りの学習は、相当改善しないと子供へのアピールに欠ける印象です。

娘には、最低限、英語と日本語はきちんと身につけてもらいたいと思っていましたが、6歳で4ヶ国語というのは予想外の展開です。いちおう大学で言語学を学んだ私ですが、現在の娘の語学教育への対応については、後手後手になっています。まあ、語学に限らずどんな勉強でも、いくら親が必死になったところで、本人にやる気がなければモノにならないというのが言い訳です。

ただ、語学もピアノなどの音感も、言語学で学習臨界期といわれる8歳ごろまでが鍵だとは思います。意図的に記憶して覚えるのとは異なり、脳の発達初期には、与えられた刺激に対する自然な反応として言語がインプットされてゆくからです。国際関係の仕事で苦労した私も、現在もアメリカの会社で働く主人も、自分達が苦労した経験から、大人になってから学んだ英語力で埋めるには大きすぎる差があることを実感しています。何回か海外転勤があることもわかっていたので、娘は日本にいた時からインターに通わせるということで主人と意見が一致していました。

にしても4ヶ国語は多いのではないか・・・?という心配の原因は、子供の脳がまた、生きるために不要なことは忘れるのも得意だからです。先日は、漢字の勉強が好きで漢字ドリルばかりやっていたら、なんとひらがなが書けなくなっていました!それであわてて日本の祖父母や従兄弟に手紙を書かせることにしてみたり。

ヨーロッパやインドなどの他言語が併存する地域では、伝統的に他言語話者が自然に育つことが知られています。やはり環境が大事なのですよね。さて娘は今後どうなることやら・・・

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ヤンゴンには、1歳になるメスのやや大きめワンちゃんも連れてきました。日本生まれのワンちゃんは冬毛だし、暑いのと蚊が多いので心配していたのですが、今のところ元気で頼もしい限りです。日本では1ヶ月前からクレートに慣らそうとしても絶対に入らなかったのに、こちらに来てからは旅の苦労を共にしたクレートを我が家だと思ったらしく、リラックスしたいときには自分から入って寝ています。

日本からの手続きも、心配していたほど煩雑ではありませんでした。詳しくは動物検疫局のホームページや空港支部に問い合わせることになりますが、

    引越し先の国の必要手続きを調べる

    1ヶ月ほど前までに出国予定の空港の動物検疫局に電話し、必要書類(申請書、予防接種証明書、獣医師の健康診断書など)の確認をする。

    狂犬病8種混合などの予防接種を済ませ、証明書を発行してもらう

    1週間前までに空港の動物検疫局に必要書類の内容をFAXまたはEメールで送信して確認してもらい、フライトが決まっていれば出国当日の獣医師による健康診断の時間を予約

    出国当日、フライトの搭乗手続きの1時間前までに動物検疫を受ける

 


という流れです。動物検疫事務所の人たちはとても丁寧で感じがよくて、日本出国の手続きは本当に問題ありませんでした。とはいえ、フライトの時間が夜12時頃だったため、5時で終わる動物検疫のあと、時間がありすぎでした。

でもさすが日本!空港内にドッグランつきのペットホテルがあり、餌やりやトイレを済ませておいてくれます。これで問題なく家族と夕食や手続きを済ませ、搭乗手続きの前に引き取って機内預け入れに連れてゆきました。ワンちゃん本人は初めての体験にとても不安そうでしたが。

また、ペットのミャンマー入国は簡単だとは聞いていましたが、本当にそのとおりで、手荷物受け取りのレーンの脇で、日本の動物検疫局の出国証明と獣医師の健康診断を提出しただけで終わりでした。

一方、今回一番面倒だったのはシンガポール経由便になってしまったことです。会社の都合と、犬が大きめだったために、それなりのスペースのある大型機でミャンマー入りする飛行機しか乗れなかったためです。そしてシンガポールの動物手続きは、経由のみであってもなかなか煩雑でした。まずネットで各種書類を添付のうえ、ペットパスなるものを申請しなければなりません。主人がやったので確かではありませんが、その記入たるや、延々と7ページくらい続き、しかも入力30分経過すると自動ログアウトされてしまうため、慣れていないとかなり面倒です。了承のメールがきてから、申請費用をネットで手続きしてクレジットカードなどで払います。入金が確認されるとペットパスがメールで送られてきます。我が家では何かの書類が足りないとかで追加送付を求められて時間がかかり、ぎりぎりになってしまったため、冷や汗ものでした。

さて、そろそろ日本から持参した薬類も切れるので、こちらでも獣医さんを探さねば・・・。

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ヤンゴンに来てはや3ヶ月。かねてより気になっていた園芸店にやっと足を運ぶことができました。ガーデニングに関心のない主人に、美味しい野菜を作りたいからと口説いて連れて行ってもらいました。最初は土やコンテナを買うので、やっぱり男手が必要😁

ヤンゴン有数の園芸マーケットは、カンドジー湖の北西側、日本大使館の向かいのエリアにあります。

品揃えは、鉢植え用の花から植木、観葉植物、関連グッズなどなど多数。ランやミニバラ、果樹などもちらほらありました。

この日の私の目的は野菜の苗だったのですが、案内されたのは随分裏手のほうの苗屋さん。豆科の野菜、トマト、ナス、パパイヤの苗などがあり、今回はトマトとナスの苗、土をゲット。

他の店でジャスミン、バラ、サクーパンと呼ばれるこちらでよく見る花木、いくつかの野菜の種と植木鉢などを購入。バラはミニバラが多いなか、大きめの花がさくバラの苗はタイからの輸入ものだそう。

今回は子供や親類が一緒だったのでじっくりゆっくり回れませんでしたが、掘り出し物もありそうな予感がするので、またゆっくり来るぞーと一人決意。

帰宅後、娘と自宅の狭い庭にミニ園芸コーナーを作りました。葉物野菜やハーブの種をコンテナに蒔いたり、娘はこういった作業の手伝いが大好き。暑い中、よく活躍してくれました。

夕方には、殺風景だった玄関前のスペースが見違えるようになりました。久しぶりのガーデニングに大満足。夜はキャンドルを持ち出して庭のテーブルでお茶も楽しみました。

この暑い気候でうまく育つのかわかりませんが、しばし奮闘してみようと思います。

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今日は、前から行きたいと思っていた日本人女性によるお店に足を運ぶことができました。

まずはオーガニックの野菜などを扱うGreen Hillさん。ヤンキンセンターからほど近く、自宅から近いにもかかわらず、入口が目立たなくてずっと場所がよくわからなかったのですが、友人が連れて行ってくれました。ほうれん草や春菊のようなこちらでは入手しにくいお野菜のほか、ハーブティーや雑貨もあって、小さいけれど素敵なお店です。有精卵やソーセージなんかもあり、これからは何度も通うことになりそうです。

そして、Excel Treasure Hotel近くのBeauty Salon MIUさんでは、ヘッドスパをしてきました。最近肩こりがひどく、私のような目からくる肩こりにはヘッドスパがよく効くのですが、ヤンゴンでは初めてでした。3種類のアロマから好きな香りを選んで、しっかりとした指圧のマッサージ。最近忘れていたけれど、私も持参したアロマをもっと生活に活用しようと思いながら癒される時間でした。

そして、サロンの一角が、ミャンマーの手作り雑貨のdacco.さんのお店コーナー。ミャンマー伝統の手仕事を大切にし、生産者の生活をまもるというアイディア、そして一つ一つの商品のセンスが、まさに私が求めていたものばかり。とても丁寧なつくりにも感動です。まるで私の夢を叶えてくれているような世界観でした。

日本人女性の仕事は丁寧でたくましいなとあ改めて実感。今日は素敵な女性たちの活躍を垣間見て、とてもリフレッシュさせていただいた1日でした。

ヤンゴン転勤で持参するべきものに続き、ヤンゴン生活2ヶ月の時点で感じている、ヤンゴンでゲットして意外によかったものをご紹介。

 

・香りつき除虫グッズ(ジャスミンやロータス、ミントなど、芳香剤兼用の除虫スプレーや除虫剤拡散器。・・・蚊が多いので、我が家ではジャンボサイズのスプレーでも2週間もちませんが。ちなみに、ミントやラベンダー、シトロネラなどアロマ効果のボディー用虫除けスプレーもわりと安価です。)

・ワンタッチ式モスキートネット(ワンタッチ式のテントが全面メッシュになったようなタイプです。簡単便利でダブルサイズでも1500円くらい!これで安眠が約束されました。やっぱりスプレーを使いすぎるのは体によくないし・・・)

・アルミ製スパイスグラインダー(手動です。ちょっと前までの石製も良かったけれど、なんといっても重いので。アルミ製はおしゃれで軽くて、おいしくできます。棒のほうもアルミか木製が選べます。)

2ナンバー式携帯電話(通話はこの会社、ネットはこちらの会社、というように目的別に2枚のSIMカードが収納できる携帯電話が主流です。もちろん番号も2つ。これなら仕事用とプライベート用が一台で超便利!)

いまのところ、そのくらいでしょうか。また思いついたら追加します。

 



ヤンゴン生活
2ヶ月の時点で感じている、日本から持参するべきもの(持ってくればよかったと思ったもの)を順不同にご紹介。また思いついたら追加します。

・プラ収納ケース (日本から物をつめたまま船便で送れるし、4段タイプはバスルーム、1段タイプはベッド下などで活躍。こちらではあまりない。あっても子供用?みたいなカラフルなものが主流で、白一色とか落ち着いたセンスのものがない。)

・お味噌(こちらでは見つけられなかったが、たまに飲みたくなるので、バンコクからくる友人にお土産に持参していただいた)

・料理酒(醤油やマヨネーズはどこにでも売っているが、日本の料理酒はない。結局、主人の出張時に日本から持参してもらった。)

・長い突っ張り棒(90センチ以下くらいのものは、たまに日本ショップでみかけるが、長いものはどこにもない。我が屋はバスルームのシャワーカーテンをかけるために必要でした。)

・まほう瓶の水筒(こちらで売っているものは保温性能が悪かったり、壊れやすい。日本のものはとても高い)

・保冷剤(せっかく保冷バッグを持参したのに、保冷剤がどこにも売っていないし、もちろん冷凍食品を買ってもくれない。)

・折りたたみ自転車(いい自転車もあまり見当たらないが、折りたたみはもっとない。ちょっとした旅行の時にも使いたいし、折りたたみは品質も大切。)

・自転車の空気入れ(ヤンゴンで見つけられず、たまたまネピドーのショッピングセンターでゲット!浮き輪とかを膨らませるジャバラ式のポンプはよくある)

・額縁(スナップ写真より大きいサイズの額縁が売っているところがありません。ちょっと大きめの写真やインテリア用の額縁は日本からの引越し荷物に入れるべきでした)


次回は、ヤンゴンでゲットして意外によかったものをご紹介します。

ヤンゴンで生活を始めて早くも二カ月。盛りだくさんだったからか、もっと長く感じます。

ただ生活をするだけでも、子供連れだと独身時代の留学や仕事での海外出張とは違った忙しさがあるものだと実感。子供の学校行事や来客、各種工事などの忙しさに加えて、市内の交通渋滞がひどくて何をするにもとても時間がかかります。

ヤンゴンでの生活自体は、覚悟していたよりは普通で、物資も豊富で安心しました。(といっても、独身時代に出張したアフガニスタンやインドなどが比較対象だからかも)

大型スーパーやショッピングセンターもあちこちにあるので、サービスアパートメントに住む外国人であれば、概ね快適に過ごせるのではないでしょうか。

が、ミャンマー人の夫の好みにより普通の戸建てを借りたので、何もかも自分たちで手配しなくてはならず。毎週あちこち壊れたり停電やら断水やら勧誘やら、いろいろな小さな問題が起こり、ミャンマー語ができない私が家守りをするのはそれなりに大変さもあります。

ネット接続も申請してから一カ月かかると言われブログもそれからにしようと待っていましたが…、

お宅は近隣の接続ポイントから遠いから工事に結構なお金がかかると言われ、来年引っ越すかもしれない賃貸物件なので断念。割高なWifiでしのぐことに😢

生活も落ち着いてきたので、ボチボチまた綴っていこう思います。

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先日ビザの申請にミャンマー大使館に行きました。
9月中にビザの手続きシステムを大幅に変更したそうで、
とても発行が早くなり、1日で受け取れるようになりました。

そういえば、大使館の建物は建て直し工事中のようで、
ビザ申請は構内のプレハブの建物でした。

今回ビザ申請の待合室で見つけたのがミャンマー初の月間日本語情報誌
『ミャンマージャポン』
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帰りの電車で開いてみると、最新の使えるミャンマー情報に驚きました!

ビジネスの注目が集まるミャンマーですから、特集にはミャンマー人部下と日本人上司のあるあるや、
ビジネスニュース、ミャンマーで活動する日本のNGO一覧、今月の注目賃貸物件情報など。

私が個人的に喜んでしまったのは、ヤンゴン生活に便利そうな特製マップでした!
主な通りや地区名、ショッピングセンターやレストラン、病院、日系企業などなど、
かつてないとても見やすいマップに感嘆です!

そしてお役立ちリストのレストラン一覧。日本料理が多くなったとは聞いていましたが、
80件近いリストを見てこんなにたくさんあるのかと驚いてしまいました。
私達が借りる家の近くに日本食材店があることもわかりました。

コミュニティ情報では、各県人会や出身大学ごとの会、趣味のグループなども
たくさんあって驚きました。

これまでのヤンゴン情報は、噂は聞けど、何がどこだかハッキリわからないことが
多かったので、この情報誌は本当に役立ちそうです。

それだけヤンゴンに関係のある日本人が増えてきたということなのでしょう。
本来、海外で日本人だけで固まるのは好きではありませんが、
やはり母国語で情報交換できるのは本当に助かります。

来月からのヤンゴンライフが少し具体的に感じられるようになってきました。


会社からの命により複数の引越し業者さんに依頼していたヤンゴンへの引越しの訪問見積もりがひと段落しました。

我が家は空けることになるので、家の荷物は、船便、航空便、市内の倉庫、実家、リサイクルショップ、友人にあげる、廃棄、などに分かれます。が、その選別はなかなか大変だということに驚かされました。いざとなったら全部運んでしまえる国内引越しとの違いを思い知らされます。

訪問見積もりの人の前で迷ったものも多数…
業者さんはさすがにプロで、その場で引き出しの中身や調理器具やインテリアなど、私が曖昧に考えていたものにも次々と指摘が及びます。一応、白黒つけてリストにしてもらいましたが、たぶん土壇場でまた迷うものもありそうな予感。

そろそろ本格的に昔の資料なども処分しなくては。すでに本や書類、衣類を仕分けて大量のゴミを捨てて腱鞘炎ぎみなのに、見た目のモノが全く減っていないのは一体どういうことでしょう!?

この調子だとまだ先は長い。いそがねば…と気だけはあせるのですが、送別会も多いし、行動が伴なわないこのごろです…

これから1年生になる娘の学校選びは、いろいろと悩んだ末、この8月から新規開校したイギリス系のインターナショナルスクールに決まりました。ミャンマーの新学期はもう8月から始まっていますが、娘は11月からの予定です。

当初希望していたアメリカ系のインターナショナルスクールは、ウェイティングリストが一杯だそうで、
申し込み手続きだけでも大変なうえに、個別にコンタクトをとろうとしても全く話が進まずでした。

新しくできたイギリスのインターも、まずはWeb申し込みをして必要書類の提出等を進めていきますが、
必要に応じてメールや電話でのやりとりをしながら柔軟かつ迅速、丁寧に対応してくれる印象でした。

たとえば、学力はSATの結果が必要ですが、現在娘が通っているインターではSATを実施していないので、
現在の担任と先方の先生がメールでやりとりして娘の学力を確認したようです。
このへんは、日本でもインターナショナルスクールだったからこそ可能だったと思います。

その学校の良いところは、新しいだけあって設備が良いこと、既に世界各地に姉妹校があるのでプログラムがしかっりしていること(高校部門ではIBディプロマも受けられる)、そして何より嬉しいのが、給食があること!

メニューを見ると、各国料理でインターナショナルです(味付けがイギリス風薄味なのか心配ですが)。

時間割を見ると、Phonicsや英語はもちろん、数学の時間が多い印象。
音楽やパソコン、デザインの時間もあり、楽しそうで主人も通いたがっています。

ただ、実際に学校を見てきた主人によると、全てが整然として人工的、校庭も人工芝なので、
せっかくミャンマーなのに自然な感じがしないのが残念とのことです。

それでも、とにかく学校が決まりほっとしました。





主人がミャンマー出張中に、そのまま家探しもしてきてもらいました。
急激な民主化への期待からか、ヤンゴンの不動産価格は恐ろしく高くなり、賃貸価格も
東京並みで驚かされます。

家族3人+犬一匹(中大型)なので、戸建てを探していたのですが、本当に高くて。
しかも、ヤンゴン在住の人のブログを拝見すると、戸建ては泥棒などの心配もあるらしく・・・
とはいえ、マンションは構造や配管等、また別の不安もありますし、結局主人に任せることに。

知人の紹介や不動産をやっている知人の紹介などにより、
最初は川向こうのFMIシティという新しいエリアに値段設備ともに合格な物件があったのですが、
なにせ子供の入学予定の学校や主人の会社から遠く、橋を渡る渋滞を考えると
毎日の通勤通学時間が大問題だったのです。

で結局、インヤー湖近くの大変便利な場所にある小さな戸建てを偶然見つけたそうで、
そこに決まりました。狭いし値段も高くなりますが、場所の良さは確かに重要です。
これで娘の学校の送迎も楽ですし、主人の会社へも自転車通勤が可能になりそうです。

近隣には昔から主人がお世話になっている方たちも住んでいるので、
何かの折には頼りになるのではと、心強い限りです。

それにしても、ミャンマーの賃貸は、先に1年分の家賃をまとめて払うのが一般的とのこと。
これまた大変です。日本で新車が買える金額です。。。



最初にミャンマー転勤の打診があってからはや3ヶ月。その間に、転勤が延期になるかもしれないとか何とか、何度も話が行ったり来たりしていたのですが、やっと決まったようです。
時期がいつからになるにせよ、子供の学校選びと予防接種は進めていました。

ミャンマー行きに際して、子供の予防接種情報はじつはあまりありません。ミャンマー大使館に電話しても、都市部ならなにも特に必要ありません、と言われます。在ミャンマー日本大使館の情報でも、特定した情報は発信していないのですよね。そういった場合は近隣の国の基準を参考にするらしいのですが、お隣のタイも似たような状況でした。まあ、確かに都市部ならさほど心配ないのかもしれませんが、国内旅行にも行きたいし、やはり心配です。

娘が1歳代で初めてミャンマーに行く前にも、かかりつけのお医者さんとその状況を相談し、とりあえず水や蚊が媒介する病気の予防接種をいくつか受けていたのでした。

今回は、現地のアメリカ系インターナショナルスクールの入学要件に書かれた予防接種証明書の一覧を見つけたので、未摂取のものを受けることにしました。

その一覧は次のとおりです。

A型肝炎、B型肝炎、DPT(ジフテリア、百日咳、破傷風)、BCG、ポリオ、麻疹、風疹、流行性耳下腺炎(おたふく風邪)、狂犬病、日本脳炎

このうち、日本の6歳の子供が標準的に接種けていないのは(つまり自費になるのは)、A型肝炎、B型肝炎、麻疹、風疹、おたふく、狂犬病でしょうか。


私は以前途上国に行く仕事をしていたので、上記の他に腸チフスも受けてありますが、狂犬病の3回目が未接種だったので、子供と一緒に私も久しぶりに受けてきました。狂犬病の予防接種、なかなか痛いですね。娘が泣かなかったので偉なあと思ってしまいました。娘は元々大の注射嫌いで赤ちゃんより泣いていましたが、現在お世話になっている病院の先生は注射が大変上手らしく、「ぜんぜん痛くないから大好きになった!」と言っています。助かります。

それにしても、予防接種情報がはっきりしないのは困りものです。何度も打たなければならないので、限られた時間で効率良く接種するのはなかなか大変ですし。

今日本ではデング熱が問題になっていますが、人もモノも世界を移動する現代は、医療情報ももっとグローバルかつスピーディーに考えなければいけないと思います。デング熱もそうですが、「日本にはない」と思われている病気は、医療機関を受信しても医師が気付かないことも多いと思いますから、自分でも調べるなどして気をつけたいものです。

ミャンマー語の本や辞書を見かけるとつい購入してしまうのですが、これまで一番勉強しやすかったのは、

加藤昌彦著、『CDエクスプレスビルマ語』、白水社、2004年、でした。

この本は、以前上智大学の社会人講座でビルマ語を勉強したときにテキストとして使い始めたものです。
有名なシリーズのビルマ語版なので、使いやすくて頼れるお勧めの一冊です。

そしてさらに、昨年発売された素晴らしいミャンマー語の本を見つけました。


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『ミャンマー こんなとき何て言う』土橋 泰子、連合出版



こちらは、著者の方が書かれているとおり、言語学習的な書き方というよりは、ミャンマーの日常生活と結びつけながら、知り合いが教えてくれるような優しい語り口の本です。

たとえば、一つの言い方が場面や相手によってどのように変わるのかや、安易に仏像や犬を人間の比喩に使ってはいけないことなど、言葉の背景となる文化の問題が数多く紹介されているのです。生活のためにミャンマー語を知りたい私にとってはまさに待っていた一冊でした。

独学が難しいといわれるミャンマー語ですが、この本と先の『CDエクスプレスビルマ語』があれば、まず概要がつかめるのではないでしょうか。




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6月22日、ついにミャンマーのピュー遺跡群が世界遺産リストに登録されることが決定されました。
http://whc.unesco.org/en/news/1158/

日本では富岡製糸場の登録決定が大きなニュースでしたが、ドーハで開かれていた第38回世界遺産委員会で最も注目されていたのはミャンマー初の世界遺産でした。

ピュー遺跡群を構成するのは、エーヤワディー川流域に点在するシュリクシュトラ、ベイタノ、ハリンの遺跡郡です。2世紀〜9世紀にわたるといわれ、有名なバガン遺跡に先行する時代の遺跡郡です。

これでミャンマー政府の観光政策は一気に加速することでしょう。既にバガンやインレー湖の観光化は目に余る程なので、個人的には複雑な思いもありますが。。。。

シュリクシュトラの遺跡については私も訪れた記録を書きましたが(こちら)、ハリンなどと比べて交通の便も悪いので、どのようになっていくのか注目したいところです。

そして今回26のサイトが新たに登録されたことで、世界遺産リストはついに1000を超えました。
これからどこまで増えるのか、増やすべきなのか・・・

でもまだきっと、ミャンマーのように素晴らしい未登録の遺産があることでしょう。

前から可能性があることはわかっていた主人のミャンマー転勤ですが、とうとう会社から打診が来たそうです。半分ミャンマー人の娘にとって、アイデンティティの形成のためにミャンマーで過ごす時期をもてるのは大切なことですし、将来ミャンマーに学校を作りたいという主人の夢もあります。世界どこに転勤しても大丈夫なように、娘はインターナショナルスクールで英語に慣らし、私も日本語教師の資格も取って準備をしていたのです。10月からヤンゴンというと、4ヶ月くらい準備期間があるのはありがたいことでしょう。

でもいざ現実となると、なかなか心が落ち着かないものです。やっと今のつくばでの暮らしにも根が生えてきたところですし、私自身、昨年来の体調不良がやっと改善してきたところで、まだ元気いっぱいというわけではありません。
若いころはいろいろな国に行き、途上国に行くことも経験として前向きに取り組めたものですが、不惑の40ともなると、だんだんと気持ちは保守的になってゆくもの。しかも、主人の会社は日本企業ではないし、子供連れでインフラが不安定な国で生活そのものをするとなると、なぜかとても気楽ではおれません。せめてあと5歳若かったら、もう少し違っていたか・・・なんていっても仕方がありませんが。

そこで、準備の記録がてら、自分の気持ちを励ますためにも、これからの悲喜交々をここに書いていきたいと思います。

各種手続きや住まいのこと、娘の教育などやることはたくさんありますが、より一番気がかりは娘の学校です。現地の公立学校か、日本人学校か、インターナショナルスクールが選択肢になりますが、今までなんとなく調べていたヤンゴンで人気のインターナショナルスクール、改めてよく調べてみると、なかなかの伝統校のようです。1952年創立のミャンマー老舗の米国系インターで、インターナショナル・バカロレアをはじめ各種欧米の学校資格を取得。大学入学資格まであるIBディプロマまであるので、12年生を卒業後は、イェール、MITなどなど・・・主に米国の有名大学に進学する生徒も一定数はいるのだとか。

現状では娘の年齢にあたる1年生は一杯でウェイティングリストに登録しなければなりません。たとえウェイティングに載せても、いざ空きが出来た場合には学校側の判断でふさわしい子供が選抜されるということで、待っていれば順番がまわってくるわけではありません。とりあえず、その登録だけでもしようということになりましたが・・・。これがなかなか大変なのです。推薦書や過去の成績表、健康診断、予防接種の記録といった一般的な書類(もちろんすべて英語版)に加え、国際的な能力試験の証明書など、すぐに誰でも準備できるわけではないものまで準備したうえで、登録のためのIDを取得し、すべてオンラインで手続きしていきます。オンライン上でも、親の収入や学歴、語学力の証明など含めた長ーいフォームに記入しなければなりません。主人は私よりはこの手の英語の手続きに慣れていますが、とりあえず登録、という気軽なことはできず、目下必要な書類の準備に勤しむことになりました。

いまの家は貸し出すべきか、犬は連れて行けるか。。。なんだかこれから大変そう・・・と気落ちしているとき、ちょううどBSでブラジル移民のドキュメンタリーを見ました。かつての至難を極めた開拓時代と紆余曲折を経て、今は自分たちの反省と感謝をこめてアマゾンの緑化のためにアグロフォレストリーという農業の普及に貢献している年配の方々。スケールの大きな話を聞いて、私も頑張らねばと思うのでした。



世界的なバイオリン奏者の五嶋みどりさんが、昨年はミャンマーで子供達にバイオリンと触れ合うイベントを行ったこそうです。
http://www.gotomidori.com/japan/year_in_pics13.html

少女時代からの不屈のエピソードがアメリカの教科書にも載った天才バイオリニストとして有名な方ですが、自身のみどり教育財団などの活動を通して、世界の子供達に音楽を通じた教育を提供する活動でも有名です。

五嶋みどりさんのの音色はピュアなのに逞しくて哲学的で、私にとっては、学生時代に大学オケでバイオリンを始めたときからの憧れの方でした。特に低い音色の深さが好きで、とくに悩み事や考え事があるときに、みどりさんの音楽に耳を傾けることが多かったのです。

昨年私はメニエール病のせいで低い音の聴力が落ちてしまったのですが、五嶋みどりさんの生演奏を聞いていないことがとても心残りでした。アメリカに拠点をおき、演奏やチャリティ活動で世界を飛び回っているみどりさんは、日本での一般向けコンサートは多くはありません。昨年は、8月に岩手でのコンサートが唯一と知り、遠くはありましたが念願の生演奏を聞きに行くことができました。

とても小柄な体から溢れる優しくも力強い音楽に、久しぶりに心が動かされ、時がたつのを忘れて聞き入りました。私にとっての個人的な歴史が、彼女の音楽を聞いてきた日々の思い出と交わり、熱いものが込み上げたのでした。

音楽には本当に不思議な力があると思います。ミャンマーではまだ一般人がバイオリンのような西洋音楽や楽器と直接触れ合う機会は限られていますから、みどりさんの活動は、子供達に大きなインパクトを与えたことでしょう。

みどりさんがどれほど有名な演奏家であるのかを知らなくても、音楽のジャンルや国境を越えて、心のある生の音楽との出会いは、子供たちに感動の芽を開かせることになっただろうと思います。

そして、みどりさんのように、自分のもてる力を世界のために社会のために貢献している人を見ると、では自分には何ができるのだろうと考えさせられます。

そして、つい先日、五嶋みどりさんがソリストとして参加した「パウル・ヒンデミット作品集」が
第56回グラミー賞 最優秀クラシック・コンペンディアム賞を受賞しました!

歳を重ねるごとに人としての内面からの美しさが増してゆくみどりさんに、これからも目が離せません。

ミャンマーに行く人に、喜ばれるお土産について聞かれることがあります。

相手の方の年齢層にもよりますが、我が家でいつも用意するのは
日本の着物の模様がプリントされた生地(日暮里の生地屋さんで購入)と
○ルボンやミスター○トウなどの箱入りクッキーです。
値段にして100円前後ですが、おいしくてたくさん入っているし、
箱入りというのは便利です。
ミャンマー人はお茶の時間が多いし、お寺に寄進したり近隣の子供達に分けたりするので
量が多いのはとても喜ばれますよ。
日本のキャンディーやクッキーはミャンマーの高級スーパーなどで
と〜ってもお高い値段で売られていて驚きます。

反対に人気なかったものは、あんこ系のお菓子、過剰包装なクッキーなど。。。
服も廉価なものが現地で売っているし、好みも違うので難しいですね。
財布なども、サイズがぜんぜん違うのでNGです。ミャンマーでは札束が多くなるので
財布はカバンサイズだったりします。

以下、体験した成功例です:

●大人の男性向け
やはり電子機器が喜ばれます。
カメラやUSBメモリなど、日本のメーカーのものは人気ですし、
時計や電気炊飯器をリクエストされたこともありました。
薄毛対策の男性化粧品なども日本製が大人気です。

●家族向け
自動泡石けん(?)。センサーで泡石けんが出てくるのは便利だし、
日本っぽいハイテク感を生活にとりいれられるということで
魅力みたいです。値段も1500円くらいだったでしょうか。

●子供向け
子供には100均の文具セットや、多色サインペンのセットなんかも喜ばれます。
(36色をあげたら、3本ずつ近所の子供に配っていておどろきました。。。)
飴やチョコレートも王道です。

●女性向け
圧倒的に日本製の基礎化粧品の類が人気です。口紅のような色のあるものは、
向こうの人が好む派手な色が日本にないため難しいですが、
喜ばれるのは美白化粧水や洗顔石鹸、シャンプー、リンスなどです。
とくに日本語の書かれているもの。「潤い」とか「しっとり」とか、平仮名があると
中国製との見分けができて人気みたいです。

服は難しいですが、「最近日本で人気のユニクロよ」といってUVの白いカーディガンや
ストールなんかをあげたらとても喜ばれました。
仏教精神の強い人は黒を嫌がりますし、白なら何にでも合うのでいいみたいです。

●日本に来たミャンマー人がお土産に買っていた物
・百均の帽子を30個、
・鎌倉大仏のミニチュアを50個

帰国してからたくさんの人に配るのでしょうね・・・

ジャスミンというと、とてもアジアなイメージがあります。お茶や映画、アートから香水まで、アジアの文化とつながりの深い花と言えるでしょう。アウンサン・スー・チーさんのことを書いた『銃とジャスミン』という印象深いタイトルの本もありました。

私のジャスミンとの印象に残る出会いは、初めてミャンマーを訪れたときのものでした。寺院やマーケット、道端などあちこちでジャスミンの花に糸を通した花輪を売る人に遭遇します。ミャンマー語でザベーと呼ばれるこのジャスミンの花輪は、仏像に供えるほか、部屋や車の芳香剤として活躍しているのをよく見かけます。ホテルに戻ればロビーにジャスミンの香りが出迎えてくれるといった具合いです。初めてのミャンマーはまさにジャスミンの香りに満たされたものでした。

すっかり魅せられた私もジャスミンの花輪を買い、ホテルの部屋に飾って楽しむことにしたのですが…。主人曰く、ジャスミンは夜中になるとキョーレツな匂いを放つようになるから知らないよ、とのこと。

果たして、夜中に予想以上にキョーレツさを放ったジャスミンに辟易し、部屋の外に出すことになったのでした。

とはいえ、私にとっての最初のミャンマーは、ジャスミンの香りとは切り離せないものとなりました。後にはマーケットや発酵食品の匂いを知ることになるのですが…

アロマの王とも呼ばれるジャスミンは、夜に化学反応で強い匂いに変わるのを待って手摘みで花が採取されるそうです。そのため、そのエッセンシャルオイルは大変高価なものとなることでも知られます。

ミャンマーの特産品として、もっともっとジャスミンを活かす道がありそうな気がします。

今回の自宅へのおみやげは・・・

縁起もののフクロウの人形。玄関などに一対置くのがミャンマーの流です。
竹で編んだフレームに新聞紙をはり、色を付けた伝統工芸。
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ずっと欲しかった、素朴な陶器の花瓶。
メティッラーあたりでは最もポピュラーなデザインです。ひとつ18円くらい。
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そしてやはり選んでしまうのはカチン族の織物。
なんてモダンなデザイン!
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先日のミャンマー旅行では、インレー湖やバガンを久しぶりに訪れました。
念願の世界遺産登録が近づいているとあって、急激な観光化が進んでいて驚きました。

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足で道具を操る伝統的なインレー湖の漁

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バガンののどかな風景よ、永遠に。。。

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メティッラーの伝統的な市場のにぎわい。
木のまま売られているバナナ!にうちの娘はくぎ付けでした。
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エーヤワディー川の夕景
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有名なバガン遺跡に先んじる重要な遺跡の一つにシュリクシュトラ遺跡があります。
これまで英語の研究報告が少ないためか、外国人には情報が少ない遺跡だったので、前回のミャンマー訪問の際に訪ねてみました。

事前に博物館の知人を通じて見学依頼をしたので、現地で長年発掘調査を続ける考古学者のウィン・チャイさんに遺跡を案内していただくことができました。

ピューの街にほど近いこのシュリクシュトラ遺跡は、タイエーキッタヤ―村の周辺に散在する複数の寺院とパゴダから成り、街を囲むように15キロほどの円形の市壁も現存しています。

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ここ数年、ミャンマー人専門家らが発掘調査を続け、未整理ながら新たな発見が多数あったそうです。前に登場したイタリア人専門家(エーヤワディー川をともに渡ったミラノ工科大教授)が、数年来ワークショップを行って、現地の専門家の育成にも努めているそう。

遺跡内に残るそれぞれのモニュメントはレンガ造で、主に正方形平面に迫り出し式のヴォールト天井がかかるものや、円錐形のパゴダなどがありますが、その様式や構法はさまざまです。

保存状態の良いモニュメントや、

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ドームの推力で崩壊しそうになったというモニュメントを鉄鋼で囲って抑えすぎたようなモニュメントの他、

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私としてはやはり迫り出し式の天井構造がむき出しになった半壊のモニュメントなどに目が釘付けでした。

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また、最近の地震で崩壊したという市壁の一部も見せていただきました。

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この遺跡の建築の概要については、Kyaw Latの'Historical sites before Bagan ("Art and architecture of Bagan pp.14-25, 2010")'や、Elizabeth H. Mooreの"Early Landscape of Myanmar(pp.167-180, 2007)"にまとめられています。

まだまだ詳細の研究はこれからとのことですが、ウィンチャイさんご自身は、日々目で見た経験から、これまでの定説と違う説う学説もお持ちのようです。はやくその成果がまとめられて、できれば英語で出版してほしいものです。

ウィンチャイさんのおかげで、おびただしい数のモニュメントを効率良く見せていただけましたが、もし一人で旅行がてら回ろうとしたら、なかなか難しいと思います。休憩場所もないので、暑さがかなりこたえました。

でも近くのピューの街にはとても素敵なリゾート風のホテルもあり、ゆっくり見学しながら滞在するには良いエリアでしょう。

ちなみに、ピューの街はラーメンのような麺料理が有名で、とてもおいしかったです。

だいぶ間があいてしまいましたが、以前書いたエーヤワディー川をわたる!の続きです。

船に乗るのは30分くらいと言われていたのに、やっと目的地となる岸が見えてきたのは、1時間もたったころでした。
船を岸に寄せていくのでそうだと解るものの、見えるのはただの砂浜。いや、多少、砂浜が階段状に整備されているか。

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船が着くと、また幅15センチの板を渡して皆で降り立ったのでした。
ここからかなり急な斜面を登り、ところどころ階段が作られた細い参道を登っていきます。

途中、物置のような建物の裏手にトイレがあるというので、女性陣は順番に小休止となりました。
このトイレが・・・。斜面に長い角材の杭を立てた上に築かれた、半畳ほどのスペースに和式トイレが設置されています。扉はありました。やはり15センチほどの板を小走りにわたって、そこまで渡り、用を足すのですが、穴の先には中空がぽっかり空いているのです。幸い、本人からは何も見えないので気になりませんが・・・。

さて、なかなか急な階段を上り下りしながら進んでいくと、途中から階段にトタン屋根が掛けられた参道になります。

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このころ、もう学生達はさっさと行ってしまいましたが、私は疲れ切ったイタリア人の教授の話し相手になりながら、ゆっくりと登って行きました。この方は、私もかつてお世話になったことがあるミラノ工科大学の先生で、もう10年も近隣の遺跡の保存のために活動されているそうです。思いがけず、建築保存学の先生と、イタリア語でお話する時間がもてて、私としてはこの長い階段が楽しいものになりました。先生は聞いていたより遠いじゃないか!としきりに来たことを後悔されていましたが・・・。私達は、考古学者のウィン・チャイさんの強い勧めでこの古くからの縁のあるパゴダに来ることになったのですが、私達の関心はともに、「古くからの縁のある新しいパゴダ」ではなく、「古い遺跡」そのものだったのです。

さて、途中でサルと出会ったりしながら、私達も目的のパゴダに到着しました。
そこからの眺めどうでしょう。

遥かに広がるエーヤワディー川!

なかなかの高さまで登ったことがわかります。

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このエーヤワディー川の眺めは疲れを吹き飛ばし、忘れられない思い出となるものでした。

帰りの船旅は下りだったためか、当初聞いていた30分ほどでピューの街に無事戻ったのでした。

ヤンゴンに滞在するとき、必ず泊ってしまうホテルがある。ヤンゴンのカンドジー湖に面するミャンマーの伝統的な木造建築様式のこのホテルは、都市の中にありながら、屈強なチーク材をふんだんに使った建物と、熱帯的な植物に満ちたガーデンが魅力的なリゾートホテルの趣がある。これまでに、経営者が変わったりすると、インテリアやサービスのクオリティが変わったりして、多少がっかりすることもあった。それでも、今回もまた、ついこのホテルを選んでしまった。

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車寄せがあるホテルの正面玄関に到着すると、まず出迎えてくれるのは大きなチーク材を組んだエントランス。茶を帯びた朱色に塗装されたその巨大な木柱列は、まるで鳥居のトンネルへ導かれるようで懐かしささえ感じる。ロビーの奥には高い吹き抜け天井の心地よい空間がひろがり、金に塗装された彫刻や巨大な漆の坪、豪華な伝統家具やインテリアが配置されている。以前は、欧風のファブリックがあしらわれ、よりコロニアルなインテリアだったと記憶しているが、現在の経営者になってからは、よりミャンマー王朝風を意識してのことだろうか、すべてファブリックが赤い色に統一されてしまったのだが、いまいち残念な雰囲気になった。

部屋はゆったりとしたこげ茶とベージュを基調に、木製のインテリアや彫刻が配された落ち着いたリゾート風。湖に面した部屋の窓際には、庭に棲みつくリスが走り回る様子が見られて、子供は大喜びだった。

そして何より私のお気に入りは、湖に面した広い庭。熱帯植物園のような巨大な植物たちの合間に、ところどころウッドデッキや東屋が配置されていて、その時の気分にあわせてお気に入りのスペースが見つかる。

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まず娘と向かったのは、湖に突き出て作られたウッドデッキスペース。緑にかこまれた太鼓橋のようなパーゴラ付きの細い木製の通路を抜けると、その先には6台ほどの深い背もたれのあるデッキチェアが置かれた隠れ家的な空間が。ふと見ると、一番湖側の前のイスに庭係だろうか、従業員の若い男性がくつろいで座っていた。私たちを見るとあわててその場を後にしたけれど。湖をわたる風が吹き抜けるそのスペースは、時を忘れて過ごせる、何しろ心地よい隠れ家なのだ。

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朝食用のレストランの前の庭もすてきだ。レストランには外の席もあるので、私たちは必ずそこで朝食をとる。鳥の声の響く巨大な熱帯植物を見上げながらの朝食は格別。ただし、残り物を狙うカラス達には気をつけなければいけない。見張りを誰か置かないと、ビュッフェに次の皿をとりに行っている間に、テーブルの上はめちゃくちゃにされてしまうのだ。

朝食の後は庭を散歩する。小路の先には様々な庭や池、広いデッキスペースなど、探索の場が尽きない。

こうして庭好きの私は、また次もこのホテルを予約してしまうことだろう。

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