MYITTAの工房

日々のくらしや手作り、ときどきミャンマー

February 2017

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ゆっくりとお風呂に浸かっていたら、
「ママのダイアリー読んだらbeautiful !」と
先にお風呂からあがっていた娘が目を輝かせて駆けつけてきて、
ダイニングテーブルの上に日記帳を置きっぱなしだったことを思い出しました。

実は英語の勉強に日記をつけるのが効果的だと聞いて、100均でハードカバーの日記帳を買ってきたのですが、数日前に少し書いてみただけで忘れていたのでした。

娘はすぐに私の真似をしたがるので、早速自分も日記を書くと言っていますが、私は自分が何を書いたのか全く思い出せず。
数日前に自分が書いたことを思い出せないという事実にしばし愕然。

後で確認したら、昔イタリアでいろいろな経験ができてよかった、みたいなことだったのですが、何が娘にとってbeautifulだったのかは、よくわかりません。

でもまあ、英語で日記を書くのは娘にも良いだろうと思い、それぞれ書くことにしました。
子どもに読書させたければ、親が読書すれば良いというのと同じですね。
書いたことを思い出せないくらい錆び付いた私の頭の脳トレにも良さそうです。

しかし問題は続くかどうか、です。
一人だと自信ありませんが、beautiful!という言葉に励まされて、続けるぞーと思った夜でした。



 

昨年参加して無事年末にニスまで終わったバイオリン工作教室。
まだ完成の喜びも冷めやらぬところですが、今度は、体験できる工程が増えた大人向けのこだわり工作教室がスタートするとのことで、特別体験教室に参加してきました!

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こちらの教室では、バイオリン本体の表板を膠付けするところから体験でき、ペグを切ってドリルで穴をあけたり、コマの高さの調整、そしてなんといっても、バイオリンの聖域ともいえる魂柱を立てる作業も自分で行いました。

1日の教室ですが、作業が多くて、気づけば写真をとる余裕がありませんでした・・・。
(写真は教室のHPに紹介されているので詳しくはこちら

唯一写真を撮る余裕があったのは、表板を膠付けしたあと、クランプで鋏み、固定するのを待つ間だったでしょうか・・・。

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これを横から見ると・・・

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下側から見ると・・・

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そしてもちろん、膠付けの前に、自分の名前のラベルを貼ることもできます。

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久しぶりにノコギリを握ったり、膠付けでは手早い作業が必要だったり、なかなか緊張の連続でしたが、一番難しかったのはやはり魂柱を立てる作業だったかもしれません。

魂柱はバイオリンの音を左右する響きの要ですから、プロのバイオリン奏者でも自分でさわることはほとんどない聖域のようなパーツです。

そんな魂柱を立ててみるなんて、購入した楽器で試す勇気はありませんから、本当に貴重な体験でした。
何度も失敗するうちに、だんだん大胆になり、最後になんとか立てることができました。

自分で組み立ててみると、なるほど、そうだったのかー!と楽器の構造がよく理解できます。

最後に音大生のアシスタントの方が自分が組み立てた楽器を弾き比べしてくださったのもとても感激する瞬間でした。上手な方が弾くから良い音なのかもしれませんが、今回のキットは材料もグレードアップされているそうです。

これからまた長いニス塗りを始めることになります。。。
今度はもう少し上手に塗れるようになるといいのですが。



ところで、以前作った娘の1/2サイズの楽器ですが、緊張しながら娘のバイオリンの先生のところに持参し、サイズが上がったらレッスンで使って良いか伺ってみました。

ジュリアードでも学ばれた先生で、非常に優しい方なのですが、最初はさすがに
「ええっ!つ、作った??? 珍しいですな。特にその色が・・・。ちゃんと木でできてるのか?果たして音はどうかな・・・私には何とも・・・」
と、困惑された表情。まあ、やはり驚かれますよね。

でも先生は結局、試しにその場で娘に弾かせてみてくださり、

「ほう!音が悪くないね!ちょっとユニークではあるけど、本人がこの楽器が好きだと言ってるなら」
とおっしゃってくださいました!!上手な人が弾いたのではなく、まだバイオリンを始めて1、2年の娘が弾いた音でも悪くないと言ってもらえた楽器! そう、最近私がこのバイオリン工作に盛り上がっているのは、なかなか音が良いということも理由の一つです。

もう少し背が伸びたら使いたいと、娘のモチベーションも上がっている様子。


いろいろと、ドキドキ、楽しみな体験満載のバイオリン工作体験なのでした!


それにしても、ミャンマーから日本に帰ってくると、こうしてバイオリンを作る体験ができたり、そもそも楽器を習えたりすることも、ありがたいと感じてしまいます。

もちろん音楽だけではありませんが、日本ではそれぞれの分野に関わる人が、とても丁寧に計画的に、奥の深さに敬意を払って、物事に取り組む姿があちこちで見られます。

やる気があれば何でも挑戦できる日本の子供は、とても環境に恵まれているなあと改めて思います。


(ミャンマーには電車はない!というブログを目撃し、「車両」になおしました)

昨年、帰国する前にヤンゴンの環状線に乗ってみたときの写真が出てきました。なんと、記念に乗ってみた電車が新潟製の日本の電車の車両だったのです。
記憶が薄れてしまう前にご紹介します。

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ヤンゴンの市街地をかこむように走るローカル線、実はミャンマー人の主人も一度も乗ったことがないというのです。

車通勤の渋滞の酷さを考えると、時間帯によっては使えるかも、とウワサしていたのですが、結局、ヤンゴン在住中は乗らずに過ごしてしまったので、帰国前に一度乗ってみることにしたのでした。

自宅最寄の小さな駅に行ってみると、案の定、ミャンマー語の看板しかありません。

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小さな駅舎で紙の切符を購入します。一応、大人用、子供用と分かれていました。

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駅で待っていると、やってきたのは緑色に塗られたザ・鉄製!というかんじの車両。

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この車両はどこ製だかわかりませんでしたが、ドアもなく、走行中もオープンな感じでした。雨季はどうなるのでしょう。
中は夕方のマーケットに向けた荷物をたくさん抱えた行商の方が多いようでした。この日は週末だったので、比較的空いていた様子。

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で、帰りの車両がこちら。やってきたのは何やら見覚えのあるような丸みを帯びたフォルム。そう、これが日本の電車の車両だったのです。

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中も、昔懐かしい日本風!ただ、やはりドアは開けたままでした。

壁には、日本語で津波がきた場合の注意などが貼ってありました。
その上のほうの古めかしいプレートをよく見てみると、『新潟鐡工 昭和54年』の文字が!なんだか、この文字を見たら、ふつふつと感動がこみ上げてきたことをよく覚えています。
私が子供だった頃の日本の電車が、今のヤンゴンで活躍してるんだー!と。

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途中の駅では、日本人らしき5人位の団体が一駅だけ乗車して、また降りてゆきました。海外で活躍する懐かしい日本の電車を見に来られた鉄道ファンの方々だったのかもしれません。
私は全く鉄道に詳しくありませんが、ちょうど日本製の車両に遭遇できて本当にラッキーでした!

近年は日本の援助などによりこの路線の近代化計画が進められているように聞いているので、次に行ったときは景色がだいぶ変わっているかもしれません。

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