MYITTAの工房

日々のくらしや手作り、ときどきミャンマー

DSC_0079ミャンマーの幾何学模様の刺繍をアクセントにしたルームシューズをつくりました。

ナチュラルな麻布の地に、ターコイズブルーの刺繍が映えます。お揃いで携帯用のポーチも。

シンプルながらもアジアンな雰囲気が楽しめるデザインで、子どもの行事でのおでかけや、飛行機の機内など旅行のシーンで、ちょっと心ときめく携帯スリッパとしても活躍してくれます。色違いもあります。

材料:麻、コットン、ビニールクロス(底布)、皮紐、木製ビーズ
スリッパサイズ:26cm ×10cm
 


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布を使ったミャンマー(ビルマ)の工芸品の中でも際立つのが、シュエジードー。'金の糸で縫う'を意味するシュエジードーは、ベルベットの地に、ビーズやスパンコール、金糸、銀糸を使い、立体的な刺繍やアップリケを施し、模様や図像を表現する。

シュエジードーの技法で作られたものとしては、カラガと呼ばれるタペストリーが有名で、その歴史は17世紀にもさかのぼる。伝統的に寺院におさめられたカラガは、仏教説話をモチーフにしたものが多かった。

ほかにも、宮廷や人形芝居の衣装にもシュエジードーの技術が用いられてきた。

制作に大変な根気を要するシュエジードーは、英国支配以降に次第に廃れていったが、20世紀後半になって再興される。

現在では、マンダレー近郊で生産され、服用の布やタペストリーのほか、バッグや小物入れ、財布など土産物としても大変人気がある。

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先日、フェアトレードショップでミャンマー産のシルクのスカーフを購入してきた。かなり張りのあるこげ茶の縦糸に、細いグレーの横糸で織られており、透け感があるのに、しっかりとしていて、デザインも洗練されている。デザインを日本の方が指導し、現地の織物学校で作られたものだという。

最近、フェアトレードについての本や情報をよく集めていた私は、ミャンマー製にしてはとてもモダンなデザインにウキウキしながら、夫とフェアトレードの可能性について話してみると・・・いろいろと現地人側からの意見が。

いろいろあるが、一番議論になったのは、各地のフェアトレード商品全般で主流となっている、先進国の人が先進国の人向けにデザインした商品はフェアじゃないのでは、ということ。

このデザインじゃ売れないから・・・と、海外で売るためといって、現地の人だったら絶対に使わないデザインのものを作らせていることに、そしてお金をもらえるからという理由でそれに従っている現地の人に、フェアじゃないものを感じる現地人は少なくないという。

フェアトレードのポリシーとして、現地で廃れかかっている伝統的な文化の継承を目指して・・・云々ということもよく聞かれるが、現地での伝統的なデザインだって廃れてはいけないのではないか。

経済的な面に着目して、技術者の確保や関係者の自立支援を促すというフェアトレードの一つの目的は、私は全く賛成で、できれば自分も支援していきたいと考えている。しかし、対象国出身者の目線はそうでもない、ということが私にとっては新鮮だった。客観的な提案に反感がもたれるのは、ときに無知による場合もあるが、独自のやり方に高い誇りをもっているため、ということも見落としてはならないと思う。文化であってビジネスではない場合である。そういう国際的な理念との軋轢は、私がかかわっていた文化財の保存の場合にもよくあった難しい問題である。

そもそも、必要だから作っていたはずのものが廃れかかること自体、現地における市場原理も働いている。そこにはデザイン以外の問題もあるのだから。そこに売れるものを作る、という資本主義的な働きかけをすると、どうしても市場は外国人向けになる。実際に地元の人には必要ない、欲しいと思えないものである場合が多い。将来的には現地の人に活動を継承してもらって・・・とまでいうのだが、それは本当に先進国の側からの見方にすぎないことも事実だろう。

ちなみに、夫が抱く反感は、ガイジンによるガイジンしか買えないデザイン、それを社会的な事業として讃える最近の風潮に対しての模様。外国人がデザインしている場合には、なにもフェアだの社会貢献を全面に出さず、普通に新しいビジネス、というのなら何の抵抗もないのだそうで。

でもフェアトレードという言葉には、アンフェアな国際企業の労働条件下に苦しむ現地人がいることや、途上国の生産者の現状について、関心のない人にも考えてもらおうというのが本来の趣旨なのだから、とても意味がある。ただ、その言葉自体が、先進国側からの概念であることは間違いなく、現地のひとが’フェア’という言葉に、彼らの個性を認めること、を求め、ときにそれが裏切られていると感じるのも無視できないことだと思う。

ミャンマー人の伝統的な服であるロンジーは、シンプルな筒型の布地でできた巻きスカートのようなものである。

男性が着用しているロンジーは、かならずお腹あたりに丸い塊ができる着方をしている。これを見て、どんな巻き方をしているのかと興味をもつ人が多いらしい。

そこで、ここでは、男性用のロンジー(パソー)の巻き方について紹介する。 (女性用についてはこちら

 ,泙此筒状のロンジーをはき、手で左右の布の両脇をもつ。このとき、手の位置は体の真横よりやや前側にする。位置が決まったら、布の端をしっかりにぎる。

◆,弔に、左右の布の両端をお腹の前で重ね合わせる。ギュッと強く引き締めながら素早く手を動かすのが、ずり落ちないようにするためのポイント。

 布の両端を1回結ぶ。(ここでさらに両端をねじる人もいる)

ぁ_実Δ暴个辛曚涼爾鮠紊忙ち上げ、お腹と布の間にぎゅっと押し込む。

ァ‐紊暴个燭發Π貶の布の端をお好みで丸く形を整えてできあがり。


ロンジーはき方(男性用)


かつて宮廷衣装や結婚式などの正装用に盛んに用いられたシルクだが、最近は生産が減少している。コットンの織物生産に転向したり、化繊の大量生産化の傾向にあるらしい。

現在もシルクの生産を続けているのは、おもにマンダレー近郊のアマラプラ、インレー湖近郊など。このうち、アマラプラは生産の中心である。

その代表的な模様は、波状の模様が水平に並ぶルンタヤ・チェイ(lun-taya acheik)。ビルマ語でルンタヤは「100のシャトルで織る」を意味し、チェイ(アチェクと読む人もいる)は波状の模様の名前。最近では、波の模様と花や植物の連続模様が交互に水平に配されたデザインが多い。

織り上げるのに大変な手間のかかるこの織物は大変高価で、かつては宮廷用に作られていたものだった。現在でもこの模様のシルク生地は、結婚式の衣装などに用いられている。

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ビルマ最大の仏教遺跡であり、世界の三大仏教遺跡の一つといわれるバガン。

マンダレーの南西、エーヤワディー(イラワジ)川中流域の東岸に位置し、おもに11世紀から13世紀のバガン王朝の隆盛期に建設された寺院が数多くのこっている。

3000を超える寺院があったといわれるこの遺跡の規模は広大で、40k?といわれるその敷地は、飛行機から見てもすべてを視野におさめることは難しい。

なんといっても圧巻なのはその景観で、日中の灼熱の空気にほてったように寺院群が赤く染まる夕刻、エーヤワディー川のかなたに沈む夕日をただただ眺めるのはすばらしい。

寺院やパゴダには一つとして同じ形式のものはなく、建築様式を見るのもおもしろい。

外観ばかりでなく、他の南アジアや東南アジアにはみられない、ビルマ独特のアーチ架構方法や、仏教壁画、漆喰装飾にも見るべきものがある。

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ロンジーの生地などの端切れで作ったシュシュです。

やや光沢のある微妙な色合いに、織りによる模様のある生地は、こういった小物を作るのにも最適で、ついつい数が増えてしまいます。

スカートなどととお揃いで使って楽しめます。

でもミャンマーでは、シュシュよりもバレッタや花を髪飾りとして使うのが一般的のようです。


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ミャンマー産のロンジーの布でフレアースカートを作りました。

コットン製のロンジーの布は、生地がしっかりしているので裏地がなくても透けず、しかも吸湿性が良くて涼しいので、普段着用のスカートとしてとても着心地がよいのです。

ロンジー用に織り込まれていた模様をフレアー裾に活かしました。シルク織物でよく作られるルンタヤや花の連続模様を、コットン布に表現したものです。

子どもと遊んでも、あぐらをかいても大丈夫な70cm丈。ウエストはゴムと紐で結ぶフリーサイズです。

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ミャンマーのコットンの布を使って、ウェストポーチを作りました。

子連れのおでかけやウォーキング用に、ちょこっとだけ個性のあるウェストポーチをずっと探していたのですが、ぴんと来るデザインのものになかなか出合えずにいたのです。

市販のものは、ほとんどがスポーツ用のデザインばかりで、革などのちょっと洒落たものだと、かなり高価になってしまいます。

このウェストポーチはナチュラルな色合いと模様の布地で作りました。服装を選ばないので、ふだん使いに便利です。

口はマグネットホックで留めて折るだけなので、子共を抱っこしているときの開閉も楽ちんです。


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日本からのお土産としてミャンマー人に人気があるのが、日本のキモノの生地だという。日本に来たミャンマー人は必ずといっていいほどキモノの生地をお土産にするらしい。もちろん、ロンジーに仕立てるためである。

ただし、日本人が考えるキモノの生地=絹の反物ではなくて、普通の幅120cmなどの綿の生地に、キモノっぽい模様がプリントされたものを欲しがるのだ。金色が入った、帯のような華やかな模様は特に人気だという。日本人にはあまり縁がないが、外国人には有名らしい。

日暮里の繊維街の店などが彼らの間で有名で、短期滞在のミャンマー人にまで口コミでひろがり、わざわざ買いに行くほど。そして、現地では正装用のロンジーとして仕立てられ、結婚式や晴れの機会に着用するという。

しかし、それでいいのか・・・?伝統文化を愛する者でなくても、一日本人として、そのようなニセモノっぽいものがキモノとして海外に出て、正装用になっているというのは、ちょっと複雑である。

「キモノ?、ああ、模様は素敵だけど、あれは綿でしょ?私は正装用には絹を着る主義だから」と真面目に思われるのはかなり不本意である。

自分がお土産にキモノの布を選ぶ場合には、やはり絹の反物を選ぶのだが、それなりのお値段なので、やはり大切な人にしか渡せない。しかも、一生懸命説明しても、なかなか反応は芳しくない。

悲しいのは、短期の旅行に来た人ではなく、日本に何年も留学し、日本文化を学んだ人でも、なかなか理解してくれないときだ。

ある国固有の文化が、安易な流行となって輸出されることは多い。仏壇がヨーロッパのアンティーク愛好家によって靴箱にされていたり、仏頭がバスルームのインテリアになっていたり・・・。知らないことは斬新なアイディアの源ともなり得るが、宗教の違いの問題のように、感情の摩擦を産むこともあり得る。日本のコマーシャルに登場するコメディ調の仏像に反感を抱くミャンマー人が多いように。

文化が違うのだから仕方がない、といつまでも言っていていいのだろうか。国際化が進んできたからこそ、そろそろお互いの文化を正しく伝える努力や、正しく理解した上で楽しませてもらうという姿勢が必要なのではないだろうか。

たかがお土産の布から、いろいろ考えさせられる。

布・テキスタイル

--Textiles from Burma. Featuring the James Henry Green Collection., Edited by E.Dell and S. Dudley, Puppha Press, 2003

--Mantles of Merit: Chin Textiles from Myanmar, India and Bangladesh., David W. and Barbara G. Fraser, River Books, 2005

--'Court dress, politics and ethnicity in exile: 'traditional' Karenni clothing', Sandra Dudley, in Burma Art and Archaeology, The British Museum Press, 2002, pp. 133-142

--'Textiles and Costumes' by Virginia McKeen Di Crocco, in Burmese Design & Architecture, Periplus, 2000, pp.183-195

ミャンマー(ビルマ)の布にはいろいろな種類がある。

なかでも最も生活に欠かせないのは、毎日身につける服、とくに巻きスカートタイプの布、ロンジーである。

男性のものはパソー、女性用はタメインというその布の着方は、筒状に縫っただけの布を、お腹あたりできゅっと結ぶだけ。これが熟練していないとなかなか難しく、慣れたビルマ人でさえもよく結びなおしている。

最近では、女性用のロンジーはあらかじめダーツが入って立体的に縫いあげられ、3段階くらいにきつさを調節できるホックで簡単に留められるようにすることが多い。

女性の伝統的な服装は、上下共布でつくられたツーピース。お土産用などの例外を除いて、通常オーダーメイドで作られ、さまざまな色や模様を楽しむ。布は、スカート部分専用のもののほかに、上下のセットを作るための模様をあらかじめ考慮した配置で織られているものとがある。

普段着のロンジーの布はしっかりとした綿やウール製だが、晴れの機会には、シルクもまとう。

知人同士の気軽な手土産としても、このロンジーの布は重宝する。

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ミャンマーを歩いていると、街でもどこでも、人が通る道端などには、よく水瓶が置いてある。

中には飲み水とひしゃくが入れてあり、誰もが喉を潤すことができるように、その水瓶を置いている家屋の主人がいつも管理しているものだ。

旅人を思いやるこのような習慣は、中東や地中海沿岸でも見たことがある。

素焼きの瓶に入れられた水は、いつでもなぜか冷たくて、おいしい。

写真は、とある食堂で見かけた水瓶。真赤な蓋がとても美しかった。

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より深くミャンマー(ビルマ)芸術を知るための専門書を中心に紹介してゆきます。徐々に増やす予定です。

建築・遺跡

-- Historical Sites in Burma, Aung Thaw, Burma, Ministry of Union Cukture, 1978

-- Sprendour in Wood; The Buddhist Monsteries in Burma, Sylvia Fraser-Lu, Orchid Press, Bangkok, 2001

-- Burmese Design and Architecture, Johni Falconer, Elizabeth Moore, Daniel Kahrs, Alfred Birnbaum, Virginia McKeen Di Crocco, Joe Cummings, Luca Invernizzi Tettoni, Periplus Editions, 2000

--Burma Art and Archaeology, The British Museum Press, 2002 

-- 『ビルマ仏教遺跡』、伊東照司著、柏書房、2003

-- 『アジア・美の様式』、J.ボワスリエ著、石沢義良昭監訳、連合出版、1997年

-- 『南の国の古寺巡礼:アジア建築の歴史』、千原大五郎、NHKブックス、1986年

-- 『ビルマの仏塔』世界の聖域10、大野徹編著、講談社、1980年

ミャンマー(ビルマ)では、一般の建築の多くが木や竹などの天然素材を組んで造られてきた。

なかでも、寺院や仏塔には、高度な木造による建築技術が駆使されてきた。

そこには、木組みによる建造技術ばかりでなく、彫刻や壁画、漆塗り、塗金の技術などにも最高の技術が結集されている。木造の仏教建築は、まさに総合芸術である。

戦時中に多くが失われ、現在では18世紀頃からの建造物が残っているが、保存技術の問題もあり、残念ながらその数は減少してきている。



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ビルマ遺跡地図日本の約二倍の面積をもつミャンマーでは、国土のそこここに、多くの遺跡が残っている。その多くは仏教寺院であり、石やれんがで造られた建造物は長い歴史を生き抜いてきた。

古くは9世紀頃に由来する建造物もあり、もっとも有名な遺跡であるバガンには、多い時には数千もの仏塔や寺院などの仏教建築があったといわれ、その規模はきわめて大きい。

しかし、驚くべきことに、この国にはまだユネスコ世界遺産リストに指定された遺産が一つもない。その理由の一つには、この国の文化財の保存理念が、ユネスコが求めるいわゆる世界共通のスタンダードと一致しないことが挙げられる。

彼らにとって仏教寺院は、いまだに生きた心の拠り所である。したがって、過去の姿を保存することではなく、今の自分たちが祈りを捧げ功徳を積むために、たとえそこが貴重な遺跡であっても、人々が皆で金箔を貼ったり、壁を塗ったり、新しい仏塔を建立したりしている。

周辺のアジアの国々からの影響ばかりでなく、イギリス統治時代からの名残りもみられるミャンマー(ビルマ)は、多様な文化の香りをまとっている。

ミャンマー人は自国の民族文化に強い誇りをもち、古くからの伝統を日々の暮らしの中で守っているようだ。


とくに、国民の約90パーセントが敬虔な仏教徒であるこの国では、生活に息づく伝統の多くが仏教と密接にかかわっている。

一日の多くの時間を寺院での祈りに費やすミャンマー人の技術と意識は、見事な仏教建築を生み、仏伝のための彫刻、絵画を花開かせた。

静かに豊かな笑みをたたえる彼らの手仕事はまた、漆器や布に美を与えている。
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世界が狭くなったといわれる昨今でも、いまだ神秘の国ミャンマー(ビルマ)。その文化に目を向けてみると、伝統的な建造物や工芸など、見事な芸術遺産に恵まれています。

ここでは、そんなミャンマー芸術の中から、生活に生きる伝統美−とくに個人的に関心のある布と建築を中心に、その手仕事やデザインの魅力、ミャンマーの素材をつかったハンドメイド、さらに最近の関心事である日本語教育、言語教育などについて紹介してゆきたいと思います。
 

Myittaプロフィール: ミャンマー人の夫と娘の3人暮らし+犬一匹。かつて世界遺産の修復に関わる研究や仕事で20ヶ国以上を訪れる。目下の関心はミャンマーの伝統芸術と語学教育、心地よい空間作り。 著書に『バーミヤーン仏教石窟の建築構造およびその意匠と技法』明石書店(2011年)ほか

'MYITTA'とは、ビルマ語で「普遍的な愛」を意味します。
偶然にも、私とミャンマー人の主人の名前をあわせたときの頭文字であり、娘のビルマ語名でもあります。

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