MYITTAの工房

日々のくらしや手作り、ときどきミャンマー

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ゆっくりとお風呂に浸かっていたら、
「ママのダイアリー読んだらbeautiful !」と
先にお風呂からあがっていた娘が目を輝かせて駆けつけてきて、
ダイニングテーブルの上に日記帳を置きっぱなしだったことを思い出しました。

実は英語の勉強に日記をつけるのが効果的だと聞いて、100均でハードカバーの日記帳を買ってきたのですが、数日前に少し書いてみただけで忘れていたのでした。

娘はすぐに私の真似をしたがるので、早速自分も日記を書くと言っていますが、私は自分が何を書いたのか全く思い出せず。
数日前に自分が書いたことを思い出せないという事実にしばし愕然。

後で確認したら、昔イタリアでいろいろな経験ができてよかった、みたいなことだったのですが、何が娘にとってbeautifulだったのかは、よくわかりません。

でもまあ、英語で日記を書くのは娘にも良いだろうと思い、それぞれ書くことにしました。
子どもに読書させたければ、親が読書すれば良いというのと同じですね。
書いたことを思い出せないくらい錆び付いた私の頭の脳トレにも良さそうです。

しかし問題は続くかどうか、です。
一人だと自信ありませんが、beautiful!という言葉に励まされて、続けるぞーと思った夜でした。



 

昨年参加して無事年末にニスまで終わったバイオリン工作教室。
まだ完成の喜びも冷めやらぬところですが、今度は、体験できる工程が増えた大人向けのこだわり工作教室がスタートするとのことで、特別体験教室に参加してきました!

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こちらの教室では、バイオリン本体の表板を膠付けするところから体験でき、ペグを切ってドリルで穴をあけたり、コマの高さの調整、そしてなんといっても、バイオリンの聖域ともいえる魂柱を立てる作業も自分で行いました。

1日の教室ですが、作業が多くて、気づけば写真をとる余裕がありませんでした・・・。
(写真は教室のHPに紹介されているので詳しくはこちら

唯一写真を撮る余裕があったのは、表板を膠付けしたあと、クランプで鋏み、固定するのを待つ間だったでしょうか・・・。

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これを横から見ると・・・

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下側から見ると・・・

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そしてもちろん、膠付けの前に、自分の名前のラベルを貼ることもできます。

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久しぶりにノコギリを握ったり、膠付けでは手早い作業が必要だったり、なかなか緊張の連続でしたが、一番難しかったのはやはり魂柱を立てる作業だったかもしれません。

魂柱はバイオリンの音を左右する響きの要ですから、プロのバイオリン奏者でも自分でさわることはほとんどない聖域のようなパーツです。

そんな魂柱を立ててみるなんて、購入した楽器で試す勇気はありませんから、本当に貴重な体験でした。
何度も失敗するうちに、だんだん大胆になり、最後になんとか立てることができました。

自分で組み立ててみると、なるほど、そうだったのかー!と楽器の構造がよく理解できます。

最後に音大生のアシスタントの方が自分が組み立てた楽器を弾き比べしてくださったのもとても感激する瞬間でした。上手な方が弾くから良い音なのかもしれませんが、今回のキットは材料もグレードアップされているそうです。

これからまた長いニス塗りを始めることになります。。。
今度はもう少し上手に塗れるようになるといいのですが。



ところで、以前作った娘の1/2サイズの楽器ですが、緊張しながら娘のバイオリンの先生のところに持参し、サイズが上がったらレッスンで使って良いか伺ってみました。

ジュリアードでも学ばれた先生で、非常に優しい方なのですが、最初はさすがに
「ええっ!つ、作った??? 珍しいですな。特にその色が・・・。ちゃんと木でできてるのか?果たして音はどうかな・・・私には何とも・・・」
と、困惑された表情。まあ、やはり驚かれますよね。

でも先生は結局、試しにその場で娘に弾かせてみてくださり、

「ほう!音が悪くないね!ちょっとユニークではあるけど、本人がこの楽器が好きだと言ってるなら」
とおっしゃってくださいました!!上手な人が弾いたのではなく、まだバイオリンを始めて1、2年の娘が弾いた音でも悪くないと言ってもらえた楽器! そう、最近私がこのバイオリン工作に盛り上がっているのは、なかなか音が良いということも理由の一つです。

もう少し背が伸びたら使いたいと、娘のモチベーションも上がっている様子。


いろいろと、ドキドキ、楽しみな体験満載のバイオリン工作体験なのでした!


それにしても、ミャンマーから日本に帰ってくると、こうしてバイオリンを作る体験ができたり、そもそも楽器を習えたりすることも、ありがたいと感じてしまいます。

もちろん音楽だけではありませんが、日本ではそれぞれの分野に関わる人が、とても丁寧に計画的に、奥の深さに敬意を払って、物事に取り組む姿があちこちで見られます。

やる気があれば何でも挑戦できる日本の子供は、とても環境に恵まれているなあと改めて思います。


(ミャンマーには電車はない!というブログを目撃し、「車両」になおしました)

昨年、帰国する前にヤンゴンの環状線に乗ってみたときの写真が出てきました。なんと、記念に乗ってみた電車が新潟製の日本の電車の車両だったのです。
記憶が薄れてしまう前にご紹介します。

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ヤンゴンの市街地をかこむように走るローカル線、実はミャンマー人の主人も一度も乗ったことがないというのです。

車通勤の渋滞の酷さを考えると、時間帯によっては使えるかも、とウワサしていたのですが、結局、ヤンゴン在住中は乗らずに過ごしてしまったので、帰国前に一度乗ってみることにしたのでした。

自宅最寄の小さな駅に行ってみると、案の定、ミャンマー語の看板しかありません。

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小さな駅舎で紙の切符を購入します。一応、大人用、子供用と分かれていました。

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駅で待っていると、やってきたのは緑色に塗られたザ・鉄製!というかんじの車両。

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この車両はどこ製だかわかりませんでしたが、ドアもなく、走行中もオープンな感じでした。雨季はどうなるのでしょう。
中は夕方のマーケットに向けた荷物をたくさん抱えた行商の方が多いようでした。この日は週末だったので、比較的空いていた様子。

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で、帰りの車両がこちら。やってきたのは何やら見覚えのあるような丸みを帯びたフォルム。そう、これが日本の電車の車両だったのです。

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中も、昔懐かしい日本風!ただ、やはりドアは開けたままでした。

壁には、日本語で津波がきた場合の注意などが貼ってありました。
その上のほうの古めかしいプレートをよく見てみると、『新潟鐡工 昭和54年』の文字が!なんだか、この文字を見たら、ふつふつと感動がこみ上げてきたことをよく覚えています。
私が子供だった頃の日本の電車が、今のヤンゴンで活躍してるんだー!と。

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途中の駅では、日本人らしき5人位の団体が一駅だけ乗車して、また降りてゆきました。海外で活躍する懐かしい日本の電車を見に来られた鉄道ファンの方々だったのかもしれません。
私は全く鉄道に詳しくありませんが、ちょうど日本製の車両に遭遇できて本当にラッキーでした!

近年は日本の援助などによりこの路線の近代化計画が進められているように聞いているので、次に行ったときは景色がだいぶ変わっているかもしれません。

昨年参加したバイオリン工作教室。

(キットバイオリン教室http://www.trymaking.com/

その後、宿題だったニス塗が完成しました!

2種類のニスを合計12回塗っています。
もっと塗っても良いみたいですが、色合いが気に入ったところで終わりにしました。
仕上げにヤスリやオリーブ油で磨くのは加減がわからずかなり適当でしたが、
最後に顎宛てや弦をつけて、なんとか形になりました。

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裏側はこんな感じで、遠目にはきれい(?)

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脇など、ニスが溜まってしまったところも多々あります。

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ネックはニスを塗らないようですが、塗らないところの境目がまた難しく・・・・

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とりあえず、完成して嬉しいです。
そして、工作キットとはいっても、なかなか良い音色なのです。
おととし娘に買った1/4サイズの楽器より良い音がするのは気のせい・・・?
でも娘本人も気に入ってくれて、早く使いたがってくれています。

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そういえば、我が家のワンちゃんは、家族の帰国から数ヶ月遅れての帰国となりました。
血液検査後、180日経過しないと入国できないためです。

採血はたしか、二回目の狂犬病予防接種の2週間後だったので、トータルで帰国の準備を始めてから8ヶ月かかったことになります。

詳しくは、成田などの動物検疫所とメールでやりとりしながら進めましたが、大変だったのは血液検査と、帰国直前の書類の確認作業でした。

血液検査はミャンマー国内では認定機関がないので、ミャンマーの検疫所で採血し、獣医師のサインや証明書類を発行してもらい、日本の検査機関に送るのですが、説明ではクール便で・・・と。ミャンマーにあるはずもないので、そういう場合は保冷剤を入れて検査に送ります。

検査の結果、無事に証明書が返送されてから、180日間の待機開始です。我が家では、仕事や学校の都合で家族が先に帰国しなければならなかったため、ワンちゃんと仲が良かったヤンゴンの親戚宅で預かってもらいました。

最後はワンちゃんの帰国の40日前までに、成田の動物検疫所に連絡し、犬の輸入申請や、ミャンマー側からの輸出証明書類の事前確認もしてもらいます。

出国一週間前の獣医師による健康診断などは、主人がミャンマーに犬を迎えに行ってから行い、日本側と書類の確認のやりとりをしましたが、書類の日付や、間違いが多くて何度も作り直し、そのたびに主人が何度もヤンゴンの動物検疫所に行き、とても大変でした。

獣医師の証明を動物検疫所に提出してハンコをもらい、政府の証明済とするのがスジなわけですが、ヤンゴンの検疫所では隣の席の獣医師にサインをもらうため、医師がトイレやお茶に行ってたりすると、先に政府印が押されて放置され、後日獣医師のサイン、と日付の順番が逆になったり、訂正の趣旨が伝わらなかったりしたのです。

最後になってから、狂犬病予防接種が一回分しか記載されてなかったことがわかり、また差し戻しになったり。日付の修正が線を引いただけだったり、、、

こちらがしっかり見張りながら書類を回さないと二度手間、三度手間がかかります!

日本人は細かすぎる!ミャンマー人はいい加減すぎ!とやり合いました〜

まあ、行きと違い、帰りは直行便に乗れたし、無事に終わって良かったです。

お帰りコロりん!

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もう数ヶ月前ですが、友人に誘われて、バイオリン工作教室に娘と友人親子と参加してきました。

あらかじめ、サイズを伝えておくのですが、うちは娘が1/4を持っているので、次の1/2サイズで申し込み。

教室には10組くらいの親子や夫婦などが参加していました

すでに板材をはりあわせて成形された白木のバイオリンに、ペグや顎あて、弦などを組み立てていくのです。

最初に講義や音大生の方による弾き比べなどもあって、一通りバイオリンの仕組みがわかる、とても楽しい時間でした。

驚いたのは、キットのバイオリンでもなかなかいい音が出るということ!ただ、そのためには、教室を主宰した講師の先生が事前に全てのセットのパーツを一旦組み立てて削ったり調整を行うなど、かなりの準備がなされているからだと拝察されます。

そして、バイオリンの中に自分の名前を書いたラベルを貼れるというのも、なかなかの感動体験です。

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ニス塗りは乾かしながら十回以上繰り返すので、後で自宅にて各自行います。スカイプで教えてくれるというので、最初に友人と集まってスカイプによるニス塗り指導をしていただきました。

写真は初回、ゴールドイエローを塗ったところ。これを3-5回塗ります。

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その後、レッドブラウンを塗り重ねてゆきます。

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今日はレッドブラウンの8回目、通算12回のニス塗りを終え、色合いも気に入ったので、この辺でニス塗りは卒業することにしました。

さらに一週間以上乾かしてから、トリポリ粉で研いだり、オイルで磨いて仕上げてゆきます。

また組み立てて弦をつけて、鳴らしてみるのが楽しみすぎです。
乞うご期待!


✳︎参加したのはこちらです↓

キットバイオリン教室
http://www.trymaking.com/

夕方買い物に行ったスーパーで、激しく泣き叫ぶ幼児を複数目撃。シャボン玉かなんかのオモチャを手に激しく泣き続けてママにアピールする子を見ると、お母さんの毎日の大変さに胸が痛くなりました。

と同時に、うちはいつの間にかその年代を卒業していたな・・・と、ふっと思いました。

娘はあまりスーパーで泣き叫んだことはなかったけれど、買い物カゴに入れた会計前のヨーグルトをカートの幼児席で勝手に開けて食べていたり、ウロウロしているうちに迷子になりかけたり・・・レジ待ちの列でおもらしということも・・・まあ、5歳くらいまではやっぱり買い物に連れて行くのって大変でした。

でも小学校に入る頃からやはり違ってくるのでしょうか。

我が家はインターで学年もずれたりして、小学校の入学式を経験できなかったり、ミャンマーに行ったりして忙しかったからか、いつの間にか気付いたら8歳、すっかり頼もしいくらいに成長してました。

育児で疲れているママ達には、もう少しだよ!と言ってあげたい。

そして、主婦だったママ達が次第に働き始めたり、ボランティアに参加したり、次の活動をスタートさせるのもこの頃。

傍目にはあまり目立たないけれど、育児の一段落は、お母さん達の人生にとっては、けっこう大事なステップなんではないかと感じます。よくかんがえると、人生折り返し地点だったりもします。

大人な時間がもてるようになったらやりたいと思っていた沢山のことも、そろそろ始めてみようかな・・・

地味ながらも、今はひとつの節目の時期なのかな、と感じた夕方でした。






実に久しぶりのブログ更新となります!
我ながら時の経つのの速さに驚いています。

あっという間に飛び去った1年の間に、
ミャンマーではいろいろ、いや本当にいろいろなことを経験し、
主人の仕事がまた日本ベースとなり、家族で日本に帰国、
今月になってようやく犬の帰国も完了し、やっと落ち着いた今日この頃です。

また少しずつ、ミャンマーでの心に残るあれこれを書きながら、
最近も続けている手作りの話題などを書きたいと思います。
そしてリクエストの多い犬の帰国の手続きについても。

この1年の間、ミャンマーでは新政権がスタートし、世界の注目や報道も
変化がみられるように感じます。
去年までは日本の番組でも誇張や期待が先行していた気がしますが、
最近はやや落ち着き、もっと現実を突きつける冷静な味方が聞こえてくるようになりました。
まだまだ、長い長い上り坂です。

日本の今年の夏は台風とともにあっという間に過ぎ行き、
季節の変わり目を迎えています。
前は当たり前すぎて気付かなかった季節の移ろいの素晴らしさというものが
とても愛おしく感じられる今年です。

万年常夏の国では、秋を迎えるという空気は想像すらできないものだから。

お月見にハロウィンにクリスマス・・・
日本の若干商業主義的な季節感に前は呆れていましたが
移ろうものだからこそ、その時々を楽しむということのありがたさ、
そして平和だからこそのこの日々に、感謝の気持ちが湧いてきます。
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7歳の娘が通うヤンゴンの英系インターは、生徒の増加でクラスも増え、クラスメイトも半分くらい新しいメンバーで8月からの新学年がスタートしました。この勢いは、ミャンマーに流入する外国企業の勢いをそのまま反映していて、子供たちは本当に多国籍。

それにしても、生徒が増えているわりに、お迎えのときに見かけるママ達が減っている・・・?と思たら、仕事を始めたママ達が多いよう。学校の送迎バス組が増えているのです。

お勤め、NPOやボランティアのほか、医師、そしておシャレなベトナムレストランやケーキ屋を起業したママなど、実にバラエティーに富んでいます。外国人にとって決して仕事がしやすい環境ではない中、外国人ママ達のこの勢いもヤンゴンの急成長の波を反映しているかのよう。ある意味、チャレンジ精神があるからこそ、ミャンマーに来てみようと思った人たちなのかもしれません。

そして、ママ達の英語力もハイレベルです。学校内は当然ながら全て英語なので、雑談や事務連絡は日本語もOKだった日本のインターとは違ってなかなか気が抜けません。

7歳でもときどき難しい宿題があり、私が英文の意図するところが理解できない場合も出てきました。小学校の後半になると、英語ネイティヴでない親が宿題をみてあげるのは難しいと聞いたことを思い出しました。

多国籍な中には東南アジア勢も多いのですが、親たち自身も英語で学ぶ学校出身で、日常的に英語環境で育ったり、バイリンガルが多いのです。彼らの話をきいていると、一世代以上前から英語教育の選択肢が日本よりも大きかったためではないかと感じます。

例えば多民族が当たり前に暮らすマレーシアでは、中国語で学ぶ学校、マレー語で学ぶ学校、英語で学ぶ学校があるのだそう。

こういった多様性の中で育てば、ことさらグローバルだの目標にしなくても、自然と多様な価値観の中で生き抜く力が身につくなあ、と親の方も学んでおります。












裁縫道具を売る店も多いと聞いて、ダウンタウンのテインジーゼーに行きましたが、日曜日はちょうど祝日で、ほとんどの店が閉まっていて、ほんとに残念!

それでも数件のミシン屋さんや裁縫道具屋さんが空いていたので暑い中ぶらぶらしてみました。

ミシン屋さんには工業用ミシン屋や、古〜いシンガーミシンなども現役用に売ってます。日本なら骨董品ですね。そういえば、メティラーの実家にも骨董級のミシンが現役であります。

この日の目的は、お手頃な裁縫グッズを調達して、オリジナル携帯裁縫セットをつくること。それにしても、一つ一つが、安い。ボージョーゼーの裁縫屋さんともだいぶ違います。テープメジャーが100チャット、カラー糸セットが12色で700チャット、とかです。もちろん沢山買い込みました。

その後、適当なケースを探してパンソーダンのハンドメイドミャンマー土産屋さんへ。こちらは最近発見した、なかなか気の利いたお店です。

戦利品はモノトーンの千鳥格子がなかなかおしゃれな編みカゴのバッグとスクエアのミニポシェット、漆器のトレーなど。

このポシェットに裁縫セットをつめて、今度の帰国時に、裁縫好きへのお土産にする計画です。

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先月デング熱にかかった際、先生からこちらの蚊除けのほうが効果があると教えていただき、スプレーやクリームをいろいろ試してみました。実はそれまで、薬類はほぼ日本から持参したものを使っていたのです。

容器に表示されている虫除け成分のDEET濃度をみると、確かに日本から持参した虫除けスプレーがDEET6%とか8%程度なのに対し、ミャンマーで売られている虫除けは、スプレーでもDEER12%が主流のようです。日本で定められた市販の製剤は12%までとのことなので、一応安全な範囲内なのだと思います。

もともと、虫除けや日焼け止めなど肌に何かをつけるとベタベタした感じになるのが苦手で、匂いが強いのもイマイチでした。

そんな私が、使用感や爽やかな香りで気に入ったのが写真の3種類です。

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左のはミャンマー製スプレータイプで、微かな香りとサラッとしたつけ心地。DEET12.5%、80mlで1000チャットもしません。クリームタイプもあります。

右2つはタイ製のクリームタイプで、真ん中のほうは柔らかなカモミールの香りの敏感肌用。右側のものはラベンダーの香りですが、石鹸のような軽い香りです。クリームタイプにしてはノビが良くて、カバー力があるのに全くベタベタしません。スプレータイプもありますが、気のせいか、クリームのほうが香りがマイルドで、肌のサラサラ感、長持ち感も良好です。

蚊が多い我が家のキッチンでも、全く蚊に刺されなくなり、クリームのほうは半日くらい効果がある印象です。

安くて効果があってつけ心地がいいので、虫除けをつけるのが嫌ではなくなりました。これからは夏に日本に帰るときも必携になりそうです。




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このあいだの休日、久しぶりに家族でシュエダゴンパコダに行きました。娘の楽しみはもちろん参道の階段脇にあるおもちゃ屋さんです。実は私も、ですが。

いつも探してしまうのは、お気に入りのミャンマーおもちゃ、サクゥヨウ(訳して紙製の人形?)です。張り子の動物たちは、一つ一つ表情が違っていて、ほんとにかわいいのです。

お土産にもいいので、買ってもすぐにあげてしまったりして、しょっ中買い足しています。

小さいほうは一つ500チャットだったので、ついつい複数購入。

外国人向けのおしゃれなお土産屋さんだと、もっと小さいのが3000チャットとかで売られているから、やっぱりここはお買い得!

木と牛の皮でできた太鼓のおもちゃ、馬車のおもちゃなど合計しても6000チャット!!

ちなみに、大きい牛&キリンは以前バゴーの縁日で買いましたが、娘が座って遊べるくらい大きいのに5000チャットくらいでした。




8月以来、家族が何かと体調を崩して免疫力低めな我が家。今月の私のデング熱は極めつけでしたが、先週は娘も発熱と嘔吐。幸い、血液検査でデング熱は陰性でした。

そんな我が家が何度もお世話になっているのは、インヤーレイクホテルにあるインターナショナルSOSの日本人女性医師です。

外国で病気というのは不安なものですが、とりわけ子供の場合は、やっぱり日本語で、しかも優しくて元気な女性の先生に診てもらえるのは安心です。

実はこの方、うちの娘の学校のお友達のママなので、これ以上ない安心感なのです。

日本の医療の基準に基づきつつ、こちらに多い病気に関しては現地の医師の経験的判断を大切にされているそう。

もともと外国人がよく利用する24時間営業のインターナショナルSOSですが、予約の際に日本人医師を指名できます(毎日平日の10時から2時まで)。

デング熱は二日おきに血液検査が必要だったので(血小板の減少が著しい場合などは毎日の血液検査が必要だそう)、SOSに行き慣れてきた我が家では、検査結果の待ち時間などは、受付に一声かけてからホテルのカフェでお茶したりして、快適な病院通いでした。










ネットで見つけたニュース、『意外や意外 「女性社長比率」で青森県が全国トップのナゼ』の内容が、なんだかミャンマーにあてはまる!と思ってしまいました。

日本で女性社長が多いのが、1位青森、2位沖縄と、意外にも日本の南北端に位置する地域だとわかったのだそうですが、帝国データバンクの方による、その理由の分析がなるほど…

青森は男性の平均寿命が国内で最も短く、社長が亡くなると奥さんが会社を継ぐケースが多いのだそう。

一方の沖縄は、温かくてのんびりしているので、男性が仕事を辞めてしまいやすく、その分女性が支えるべくしっかりしているとのこと。

これは、、、まさにミャンマーと同じでは!

ミャンマーも女性の社会進出がなかなか進んでいますが、それは女性のほうがしっかりしていたり、家族経営が多いからという面があります。家庭内に人出が多くて、家事雑用を手伝ってもらいやすいという環境も大きいと思いますが。

これは逆に、社長になりたい都会の女性が注目すべき選択肢かもしれません。



意外や意外 「女性社長比率」で青森県が全国トップのナゼ
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20151023-00000020-nkgendai-life





先月、ニューヨークに住む義姉が休暇でミャンマーに来ていました。
我が家にも数泊していったのですが、私の家にあるさまざまなモノが気に入って、
ニューヨークの友人へのお土産に自分も購入したいと目を輝かせていました。
もとはヤンゴン大出身ですが、すでに日本とアメリカでの生活が長くて既にアメリカンパスポート所有のお義姉さんは、最近のヤンゴンはぜんぜんわからなくなり、外国人のようなのだそうです。

そんなお義姉さん目線の、ニューヨークの友人に喜ばれそうなミャンマーギフトをご紹介。

.チンあたりのデザインの赤いコットン製テキスタイル。私がボージョーマーケットで2万チャットで購入したもので、ミャンマー人にとってお買い得なのかは不明ですが、お義姉さん「それなら安い!帰る前に何枚か買いたい!」とのこと。しかし結局時間がなくて、うちのものを持って行きました。

▲潺礇鵐沺璽魁璽辧次2罎家で飲んだコーヒーを気に入ってくれたので、お土産用にスーパーで何種類か購入しときました。ミャンマーコーヒーも、いくつかのメーカーがあり好みが分かれますが、コットンの巾着袋に入ったお土産タイプのものが気に入り、たくさん持参。

J厂未竹で編んだゴザ、もう片面がスエードでできた座布団。曰く、「暑い時にはゴザ側、寒いときにはスエード側を使えるスグレモノ!しかもコンパクトで軽い!」と大興奮でガンダマーホールセールにて複数購入も・・・最終的にはニューヨークに持参する荷物に入らず、後で送ることに。

ぁPASHMINA」のストール。スーパーでも4、5000チャット程度から売られているもの。なかなかステキな手触りとデザインだけれど、本当のパシュミナならこの値段はありえないのでは・・・?と警告したものの、ニューヨークは寒いしとか言いつつ、お土産にお手頃なのでたくさん購入していきました。

セ表の入った可愛いスウェード調サンダル。ガンダマーホールセールで3〜4000チャットくらい。私がお土産用に買って忘れていたものを家で見つけて、ほとんど同じデザインのを購入していきました。確かに、スエード調サンダルって、外国ではないかも。しかも、刺繍まで入ってこのお値段。女子に人気なこと請け合い!

Japan Storeで売っている寿司マグネット。これはミャンマーのじゃないから!でもおまけでお土産に持たせてみたら・・・・。何とニューヨーカーに大ウケだったらしく、後から電話で追加発注の依頼がありました。日本土産を、ミャンマー人が、ニューヨークの友人に!?という意外な結末に。

というわけで、これらは日本人にも人気のアイテムばかり。
私も次回リピートしちゃいそうです。

先日ヤンゴン市内で引越しをして、今までよりゆったりした家になりました。我が家は大きめワンちゃんがいるので、庭が広くなったことは大きなメリットです。

ですが、引越してすぐの朝、敷地内に停めていた車のタイヤに黄色い液体が引っ掛けられているのを発見!

これはうちのワンちゃんではなく、オスの仕業!!

すぐに主人に話し、門扉の柵の格子が広めなので、小さい犬が侵入しているのではないかということに。

確かに、うちのワンちゃんは通れませんが、細身の犬なら通り抜けできてしまいそうな幅なのです。前の住人は週末しか住んでいなかったそうなので、この家を縄張りにしているノラ犬がいて、自由に出入りしていたのかもしれません。

そして数日後のこと。

見知らぬ犬がぽつんとうちの駐車場に立っているのを偶然目撃!私を見ると慌てて例の門扉の柵の間から逃げていきました。

うちのワンコはというと、極度の人見知りなので、裏庭に隠れて出てきません。

そしてまた別の日、なんと複数のノラ犬がうちに入り、うちの犬のドッグフードを食べていたのを主人が発見!しかも、ストックのドッグフードの袋まで破いて食べ散らかしていたのです!

主人を見ても動じないので、棒を投げて追いかけると、門扉ではなく脇の高めの柵からも逃げていったそう。信じがたい!

私はというと、実はこの頃デング熱にかかり寝たきりで、体が動かせずに、主人のいたちごっこな話を聞いて歯がゆい思いでした。

主人は外構業者をさがして柵を塞いでもらわなければと毎日言っているけれど、ノラ犬にも優しいミャンマー人はなんだかスローテンポで…

でもドッグフードの話を聞いて怒り心頭に達した私は、辛い体にムチをうって自分で柵を
閉じに動きました。ちょうど、以前網戸用に買っておいた金網があったのを思い出し、園芸バサミで切って柵に留めつけただけなのですが。

これが効果てきめんでした!夕方、複数のノラ犬が門の前で文句を言うようにワンワン吠え立てていましたが、金網を破ってまでは入ってきませんでした。

もう怖くないと悟ったうちのワンコ、門の近くまで出てきて吠えて応戦してました。

ミャンマーのノラ犬、なかなか強気です。そして問題解決&DIYは自分でやるのが早いと、今回も再認識した一件でした。

先日、家を引っ越したり、新しい環境で忙しく免疫が下がっていたのでしょうか、とうとう初めてデング熱に罹ってしまいました。熱帯の洗礼というべきか・・・、噂には聞いていたけれど、まさか自分が!罹って初めて知ったデング熱の基礎知識を経過とともにご紹介。

1日目:その日、朝早くから日帰りでタイに行きましたが、今思えば足を蚊に刺されたところがとても腫れ上がって、これはいやーな予感と思ったのです。ただ、潜伏期間が数日から1週間あるということなので、この時刺されたのが原因ではなさそうです。午後から、腹痛と下痢があり、何度かトイレに行くも、バンコクのショッピングセンターの冷房が強すぎるせいかと気にせず。夜、ヤンゴンの自宅に戻ってから、悪寒を感じて、発熱の予感がし、体温をはかるとこのとき37.0度。すぐに寝る。

2日目:体が重くて熱を測ると38.3度。やはり熱が出たかと思いつつ、最近の溜まった疲れが出た程度に思い、パナドール(熱冷まし)を飲んでそのまま寝て過ごす。下痢はないが、全身だるくて関節が痛く、立ち上がると気持ち悪くてトイレも大変な状況。それにしても、普通のこの程度の熱のときよりも体が重くて関節が痛む。

3日目:この日も38度第半ばから39度代前半の熱が続き、パナドールを飲むが、気分は40度くらいありそうなくらいにだるく、痛くて気持ち悪い。午後、ようやくこれはおかしいと気づき、知人の医師にメールで問い合わせ。初日が下痢のスタートであったことから、細菌性の下痢に由来する熱に効く抗生剤を勧められ、家族に薬局で購入してもらい、飲む。ミャンマーでは抗生剤がスーパーの薬局で買えるらしい。夜、薬が効いたか、熱が下がり始め、37度代後半に。

4日目:熱は37度代に下がったが、依然として体が重く、全身の関節が痛くてトイレ以外には起き上がれず。熱がないのにこの状況なので、知人医師に一旦抗生剤をやめて来院するようすすめられる。あるいはインフルエンザかデング熱かと疑う。デング熱にしては発疹がないのだが、出ないタイプの人もいるのだそう。

5日目:やはり熱は37度代も、症状は同じ。病院で血液検査をしたところ、白血球と血小板の減少が確認され、デング熱陽性と判明。つける薬はなく、血小板が下がりすぎないかの確認をしながら時間がたつのを待つしかないと知らされる。普通は毎日血小板の検査をするらしいが、来院が大変なので2日後に再予約して帰る。ちなみに血小板が急減の場合には、ミャンマーでは輸血機能が不十分なので、タイのバンコクの病院に搬送手続きとなるそう。

6日目:熱37度代、症状は同じ。

7日目:症状は同じだが、手に赤い発疹が出はじめる。病院にて血液検査、血小板は減少傾向にあるが、急ではないのでこのまま様子見になる。発疹は回復傾向に入ったことを示す良いサインと聞かされ、気持ちが前向きになる。初日の下痢のあと便が出ていなかったので、整腸剤と下剤を処方してもらう。夕方、赤い発疹が足や腹部にもひろがり、痒みが出てきて寝付けず。

8日目:熱は平熱に戻るが、まだだるくて起き上がれず、なにより全身に赤い発疹が出てかゆくてじっと寝ていられない。デング熱の発疹の話は聞いたことがあるが、こんなに痒いなんて初耳。病院でも誰も教えてくれなかったけれど、この痒みは眠れないし、熱より辛いと感じる。痒みは普通1週間くらい、長いと1ヶ月かかる人もいることを知り、ショックを受ける。快方に向かっているサインとやらがこんなに辛いとは・・・。トホホ。

9日目:担当の先生が休暇で別の先生に引き継がれており、痒みを訴えて抗ヒスタミン剤を処方してもらう。まだ全身の関節が痛むが、少し起きていられるようになり、ソファで過ごす。痒みに加え、関節のむくみがひどくなる。

1011日目:痒み、関節の痛み、むくみが続く。

12日目:痒みが改善!関節の痛みむくみも残るものの、ゆっくり歩けるように。久しぶりに買い物、夕飯は外食を楽しむ。

13日目:朝は足の関節の痛み、むくみが少し残るが、日中は外出し、ヤンゴン港に停泊中の移動本屋、ロゴス・ホープ号最終日に間に合う。以降、ほぼ通常生活に戻る。

 

というわけで、私がデング熱を患っていたのは約2週間弱というところです。私の場合は重篤なケースではなかったし、熱も短かったので、比較的楽にのりきったと言えるかもしれませんが、症状は非常にケースバイケースなのだそうです。私の場合は、熱がなくても痒くて寝てるしかないのは辛かった。

ちなみに、デング熱には4つの型があり、一旦かかると3ヶ月はどの型のデング熱に対しても耐性ができるそうです。3ヶ月過ぎると、自分がかかった型以外の3種類の型のデング熱にはまたかかる可能性があるのだそう。2度目は重くなるらしいので、今後蚊に刺されないように注意するしかないそうです。

今回は私でよかったけれど、子供だったらと思うと・・・。とにかく、蚊対策を甘く見てはいけませんね。回復してあらためて感じる、普通の健康のありがたさです。

ずっと娘に見せたいと思っていたミャンマー伝統のマリオネット、先日初めてヤンゴンでの実演を見ることができました。

日本大使館などの後援で開かれたこの日の日緬人形劇交流事業は、前半が世界無形文化財である日本の文楽の実演と紹介、後半がミャンマーのマリオネットという構成。場所がChin Chaung Palaceという文化財建築で、普段入れないところということも楽しみの一つでした。実際には、その横の小さな建物が会場で、お目当ての建築ではなかったのですが…

文楽もミャンマーマリオネットも、とても実演、解説ともになかなか充実していて楽しめる体験となりました。

とくに、文楽を生で見るのが初めてだった私には、思いの外、文楽について勉強になりました。有名なあの『お七』からの抜粋では、何と言ってもあの緊張感と太夫、三味線奏者、人形遣いの方々の呼吸、職人技がまさに芸術で、いつの間にかすっかり惹き込まれてしまいました。

娘には、牧歌的な音楽や動物や鬼が登場したミャンマーパペットのほうが面白かったそうですが、両者は、なんというか、国民性の違いまで表しているように感じます。

あのわずか一瞬の文楽でも示された圧倒的な緊張感の美というのは、日本的というか、やはり日本人が好むものであり、日本人が求める芸術なのだと思います。

と、この日はヤンゴンにいるのに(いるからこそ?)日本文化のインパクトが強すぎたので、またの機会にはミャンマーマリオネットだけをゆっくり鑑賞してみたいところです。

もちろん娘には両方とも良い初体験となったみたいでした。

BBCのニュースを見ていると最近よく目にする黒髪の国際ジャーナリスト、ヤルダ・ハキームさん。紛争地や自然災害の現場を取材する、エキゾチックな風貌にこの名前。どこの人だろうと気になって調べると、なんとアフガニスタン出身でした!

私にとってのアフガニスタンは、2005〜6年に仕事で滞在したときに見た、内戦後の、それはそれは厳しい世界です。あの国から、世界で活躍する若い女性が出てきたとは!

といっても、彼女の家族はヤルダさんが生後6ヶ月でアフガニスタンを逃れ、オーストラリアで育ったそうです。オーストラリアのSBSで国際ジャーナリストとして活躍した後、2012年よりイギリスBBCの国際ニュースを担当することに。

家族の、そしてアフガニスタンの苦難に再び向かい合うことになった彼女のアイデンティティを知ることができるインタビュー記事が、インディペンデント紙のネット版にもありました。
 http://www.independent.co.uk/news/media/tv-radio/from-refugee-to-war-reporter-yalda-hakim-fled-afghanistan-as-a-baby-and-now-reports-from-the-worlds-conflict-zones-8991572.html
 
これからもジャーナリストとして、彼女だからこそ見えるもの、伝えられるものがあるのでしょう。 

人生には変えられない宿命のようなものと、意思や信念で自ら切り拓けるものが交じりあったものだなあと思います。

ミャンマーでのビジネスに参入する日本企業も増える中、よく見聞きする日本人によるミャンマー人へのイメージの誤解について。


1.『ミャンマー人を雇い、育成しても、少し叱られただけですぐにやめる』わけではないかも。

よくミャンマー人は叱られ慣れていないといいますが、怒るのはよくないという慣習のもと、子供の頃から親があまり怒らないため、自分が悪いという可能性があることすら、理解できていない人が多いようです。

ただ、仕事をすぐやめるのは怒られたことだけが原因ではないかもしれません。そもそも一つの仕事を長く続けるという考え方がないようです。若者ばかりではありません。

というのも、ミャンマーでは、家族親類のなかで最低一人は大黒柱となるべく(お父さんとは限りません、仕事に向いている性格の人がその役目を担います)稼ぎますが、あとの人はまあ、何でもいいという感じなのだそう。すぐに仕事をやめたり、大学まで出たのにニートが多いのはこのためではないかと思います。いい歳をして、職を転々としている人も沢山います。ある意味2:8の法則です。

だから逆に、仕事をしっかり頑張る人は(または自分がその番になったら)、仕事を大切にし、家族親類まで世話したりして、責任感の強い人が多いのです。そういう人を探すのは、少ないだけに大変です。


2.『ミャンマー人は親日』というわけではありません。

ただ、誰に対しても一定の礼儀と笑顔と丁寧さがあるだけです。優しくしているのは日本人に対してだけではありません。


3. 『ミャンマーの若者は素直で勤勉』ではありません。

人の意見に表立って反論しないだけです。自分の価値観を変えない強さは鋼のようです。たとえ一瞬順調に見えても、新しいことにはとても熱しやすく冷めやすいのです。

よく30歳越えると頭がかたくなり、新しい価値観に柔軟になれないといいますが、ミャンマー人は20歳でも既にそんな傾向が。15歳だとだいぶ違いますが。日本への留学経験者でも、18歳から日本に行った人と25歳からではだいぶ身についている価値観や習慣に違いがあって驚きます。


4.『より良い待遇(給料)を求めている』のは確かですが、『お金のために働くわけではない』が続きます。

自尊心やプライベートを犠牲にしてまで働くことはありません。長い目でメリットのあることよりも、短期的な得をとるので、隣の芝生が青く見えればすぐに移ります。


5. 『マニュアルやルールがあればきちんとできる』わけではありません。

日本人が想定する以上に独自の解釈が得意です。約束や時間を含め、『必ず』のものは『almost(だいたい)』と理解されます。日本人の『だいたい』が90パーセントとすると、ミャンマー人の『だいたい』は50パーセントくらいです。
ただ、偉い人や親方クラスからの口承の指示は大切にします。一旦信頼関係ができれば話が早くなりますが、そこまでの関係になるのに時間もかかります。



こういった特性はヤンゴンの人達であって、田舎の人はもっと頼りになると主張する田舎出身の主人ですが、私に言わせれば、おおむね主人にも当てはまります!(27歳から日本に17年、日本の国立大で理学博士号をとり、産総研に勤めてお堅い世界にいたにもかかわらず、です)

それは頑張らなくても人が助けあって食べていける社会だからなのでしょう。人にも自分にも甘いのではありますが、どんな生き方をしても人から悪口を言われる心配もないので、基本マイペースです。

だから、日本人の感覚でこちらがイライラしたり我慢強くなるよりも、彼らの特性を理解して、最初からそれに合った計画をたてねばと思う今日この頃です。



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